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ドイツのイケアが郊外出店から都心回帰へ転換

 先週、ドイツのイケアが、これまでの出店方針を転換し、車に依存した郊外出店から、公共交通の便が良いところへ出店すると発表しました。もちろん、私はこの転換を大歓迎しています。

 .これまで、イケアは郊外に出店し、自店舗を中心としたショッピングセンター整備を行ったりもしてきました(たとえば南ドイツのウルムがそうです)。しかし、中心市街地の衰退を防止しようとするドイツ都市計画により、その方針は認められなくなりました。イケアも、ショッピングセンターの形成を断念させられましたが、郊外進出は進めました。もちろん、ルール地方も例外ではなく、ドルトムントに郊外店を建設し、都心に店舗があるエッセンでは郊外への拡大移転を計画し、さらにはエッセン北のボトロップと、ドルトムント北西のカストロプ・ラウクセルに郊外型新店舗の建設準備を進めていました。

 ところが、「郊外はもはや将来性がない」として、ボトロップとカストロプ・ラウクセルへの新店舗建設を断念し、またエッセンの移転計画は検討し直すと発表したのです。大きな方針転換で、これには驚きました。ボトロップとカストロプ・ラウクセルの市長は、とても落胆しているそうです。

 イケアによると、背景には、イケアがドイツ市場に浸透し、あまり大きな成長が望めなくなったことがあるそうです。そこで戦術を転換し、車のない客でも利用できる場所を目ざすことにしました。その一方で、インターネットによるオンライン販売は増加し、すでに売り上げの6%はオンライン販売になっています。10%を超える日も遠くないと思われるので、これには配送センターの整備で対応するそうです。こうして、これまでの郊外出店から、「都心店プラス配送センター」に転換する方針が決定されました。

 もちろん、この転換の背景には、ドイツが郊外出店を規制し、都心の活性化を維持していることがあります。このような都市計画転換が行われたのは、もう20年以上前のことで、遂にイケアが方針転換することになったのかと、感慨深いものがあります。日本はまだ郊外出店をかなり認めていますが、ドイツに見習い、都心活性化をもっと進めてほしいものだと考えます。
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| 中心市街地や近隣供給 | 23:07 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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昨日の日曜は23時間 - 夏時間開始で健康に要注意

 一昨日、ドイツのニュースを見ていて、睡眠に関する記事が目についた。気にとめずに見過ごしていたが、昨日は別の新聞社にも睡眠の記事があった。それで思い出した、「夏時間」が始まるのだ。毎年のことなのに、これまでは記事に気づかなかった。そこで、念のため、その記事をダウンロードしておいた。

 今日になって記事を読んでみて、取りあげられている背景が分かった。EU(欧州連合)で、先月、夏時間に反対する意見が出されたため、夏時間導入の長所と欠点を列挙して再検討する予定になっているそうだ。これが、夏時間の開始を新聞が取りあげた理由らしい。内容を読むと、これまで聞いたことのない健康面の問題が書かれていたので、ブログで紹介することにした。

 ずっと前の1970年代には、イギリスでは夏時間が実施されていたが、ドイツにはなく、ドイツに導入されたのは1980年のことである。その後、1996年に、EU全体も夏時間を導入することになった。夏時間への転換は土曜日の深夜(日曜日の朝)に行われる。今年の場合、3月25日(日)午前1時59分の次は「午前2時」でなく「午前3時」になり、1日が23時間しかない。これから10月末までの7ヶ月間、夏時間が継続する。3月末の夏時間開始時は1時間を失い、10月末の終了時は1時間をプレゼントされる、という感じである。

 EUでの検討される予定になっているため、新聞は警察、消防、空港や鉄道にインタビューを行った。たしかに時計の針を廻すのは面倒だが、これまでも処理してきており、どこでも「問題ない」という反応が得られた。しかし、問題は、時刻に敏感な職場ではなく、人の健康面にあるらしい。これは初耳だった。夏時間に移行する際に失う1時間が、人体のバイオリズムに悪影響を有す、ということである。もちろん、大抵の人はその影響を短期間に乗り越えることができる。しかし、人によっては期間がかかり、さらには体調が悪化する人もいるそうで、複数の研究結果がある。ドイツではないが、夏時間への変更後3日間に心筋梗塞の件数が増加するという報告があり、ドイツの保険会社DAKも心筋梗塞の増加を報告しているそうだ。

 さて、これから行われるというEUでの検討はどうなるのだろうか。ドイツでも、DAKのアンケートによると、回答者の70%が夏時間の廃止を望んでいるそうなので、廃止される可能性がある。ちなみに、日本からドイツを眺めている私としては、夏時間が継続される方が嬉しい。理由はたわいないもので、夏時間の間は日本とドイツの時差は「7時間」だが、元に戻ると「8時間」になり、ドイツが遠くなる気がするからだ。もちろん、健康面の検討の方がはるかに重要で、それを基礎に結論が出されるのが当然だろう。

| ドイツと日本と | 17:11 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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ディーゼル車走行禁止は窒素酸化物対策の切り札になるか

 先月の後半に、窒素酸化物対策を巡り、大きな動きがあった。一つはこのブログでも伝えた、公共交通の無料化で窒素酸化物を削減することを目ざす動きである。連邦政府が打ち上げたこの動きは、現在、ほぼ止まっている。その大きな原因は、財源面にある。公共交通無料化のためには財源が必要になるが、無料化のアイデアを出した連邦政府は、この財源対策を示していないのである。

 そのような状況で、候補としてあげられた5都市の市長が、2月最後の週末にボンで話し合いを行った。そこで、次のような点がまとめられた。
  • バスと電車の無料走行は魅力的なアイデアだが、経費やインフラ面の準備が必要で、それほど迅速にはできない。
  • 当面は、実行可能な窒素酸化物対策に力を集中すべきで、3月中旬までに、考えられる対策の提案リストを連邦政府に示したい。
 つまり、公共交通の無料化は長期的な課題ではあるが、財源がなく、インフラも不十分なため当面は実施しない。それに代わり、各種の短期的な対策の組み合わせで事態を乗り切るための提案をまとめたい、ということである。

 この問題で世論が最も注目しているのが、「窒素酸化物対策として、ディーゼル車走行禁止もあるのか」という点である。現在のところ、連邦にはそのようなことを可能にする法的枠組みはない。しかし、それではEUが設定した環境基準をまもれないと、環境関連NPOが問題にし、ディーゼル車走行禁止を含めて大気浄化計画の強化が必要だと提訴した。下級審が環境団体の意見を認めたので、連邦行政裁判所に上告され、審理が行われていたものである。

 連邦行政裁判所は、デュッセルドルフとシュツットガルトからの上告に関し、先月の2月27日に「現行法の下でも、ディーゼル車走行禁止を実施することはできる」という判断を示した。もちろん、直ちに全都市で実施するというようなものではなく、それなりの必要性があり、相当な対策だと認められる場合に限られるので、実際に行われるのはかなり先になるだろう。窒素酸化物の汚染状況が最もひどい南ドイツのシュツットガルトや、都市州であるため敏速に動けるハンブルクなどが候補になるだろう。大気汚染については州が大きな権限を有しているので、都市だけの判断で動くことはない。

 ルール地方よもやま通信の都市で最も可能性が高いのは、汚染値から考えてエッセンである。しかし、公共交通無料化の候補ともなったそのエッセンは、ディーゼル車走行禁止に猛反発している。だから、近く市が提出することになっている対策リストには、ディーゼル車走行禁止は示されないと思われる。どのような対策が示され、実効性があるのか、今後はこの点が問題となるだろう。

| アウトバーンや交通規制 | 23:04 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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窒素酸化物削減のため公共交通無料化の社会実験か

 昨日の2月13日に、連邦政府が「窒素酸化物削減のため公共交通無料化の社会実験をドイツ5都市で行う計画を検討している」ことが明らかになった。その5都市のひとつが、ルール大都市圏の中心都市エッセンである。市長は歓迎しているが、そのためには越えねばならないハードルが大きい。なかでも大きな問題が「無料化のための財源」で、まだ検討されてない状況らしい。そこで、このような案が出て来た背景と、実施へのハードルについて説明したい。

 実験の背景は、窒素酸化物の値が、多くの都市でEU基準を上回っていることである。その最大の原因が、以前にも紹介したディーゼル車が普及していることである。EUから罰金を求められる恐れがあることに加え、大気汚染を理由にディーゼル車の走行を禁止する手法につき、近く連邦行政裁判所の判断が出ることになっている。そして、今回の公共交通無料化実験は、この「ディーゼル車の走行禁止」を避けるための苦肉の策である。通勤者がディーゼル車から公共交通に転換することで、窒素酸化物の排出を減少させられることが期待されている。

 このニュースの無料化に賛成し、歓迎する意見が多い。しかし、賛成するグループからも、実施するには十分な準備が必要だと、慎重な検討を求める声が出されている。乗客の増加が予想されるので(そうならないと窒素酸化物が削減されず、無料化実験は失敗する)、そのためには車両の数や、運転手の人数を増加させねばならない。実は、エッセンは現在でも運転手が不足気味で、募集に力を入れている。また、車両は注文生産になるので、入手するまでに数年かかるのが普通である。このような点を考えると、「本当に社会実験ができるのだろうか」と、首を傾げる人がいるのも理解できる。さらに大きな問題が「無料化の財源」である。

 このような状況なので、環境団体の中からは、「連邦は本気でなく、問題をそらそうとしているのではないか」という声も出ている。社会実験が実施されれば興味ある結果が示されるはずだが、果たして実施へ進めるのかどうかに関心が持たれているのが実情のようである。

| 公共交通 | 23:29 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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政治は動かせたが住民は動かず:バス路線の住民運動

 ドイツの住民運動は日本より盛んで、良く出てくるのが"イニシアティブ"という言葉である。これは、正式の団体登録を行わずに活動している住民グループのことで、いろいろなイニシアティブがある。大きな住民団体も、始まった時は"イニシアティブ"と称していたことも多い。

 イニシアティブは、いろいろな方法で自分たちの主張を認めさせようと行動する。市民の懸案についての決定権は政治が有していることが多いので、政治に働きかけるのが普通である。政治家が考えを変え、要求が受けいれられれば、運動は成功である。ところが、運動によっては、それでは終わらないこともある。ミュルハイムで、それを考えさせる出来事があった。

 ミンタルダ地区は、ミュルハイムの南部、エッセン市との境界近くにある。南北に600m、東西はその半分程度の集落で、約700名が居住している。都心と6km以上離れており、公共交通はバスだけである。以前、路面電車の廃止について紹介したが、公共交通の維持は市財政への負担となっている。そこで、公共交通計画の改定時には、赤字削減が大きなテーマとなる。交通コンサルタントによると、ミュルハイム公共交通計画の問題の一つに、「バスと電車が同じ路線を走っている」ことがある。利用する方にはいいだろうが、二重の路線を維持するには多くの経費がかかる。そこで、2013年末にまとまった新しい公共交通計画は、ミンタルダから都心の中央駅まで走っていたバス路線を廃止し、途中で乗り換えて中央駅へ向かうことで二重性を弱めた。この変更は、2016年に入って実施された。

 ところが、この新計画の実施は、ミンタルダ住民にとって予想しなかった問題を生んだ。バスが遅れ、乗り換えて接続するはずだったバスに間に合わないケースがかなり生じた点である。財政が厳しいミュルハイム市は、同時にバスや電車の運行回数も減らした。このため、バスが遅れると、次の接続まで1時間も待たねばならないことも生じ、学校に遅刻する生徒や、早めに帰宅しなければならない生徒が出て来た。その結果、転校する生徒や、「不便だ」と転居する家族まで出てくる始末であった。

 ミンタルダのイニシアティブは、都心やバスの乗り換え地点でこの窮状を訴え、バス路線改善の署名を集めた。市民の理解と協力で、路線が消えた数ヶ月後に1550名の署名を市長に提出できた。政治家にも働きかけた結果、「公共交通計画を手直しする必要がある」と、ミンタルダの問題に理解を示す議員が増加した。そして、路線廃止から約1年が経過した昨年9月に、妥協案が市議会で決定された。廃止路線の復活ではなく、都心に直行する路線を新設する、という案である。運行は朝と夕方に限られるが、その費用を捻出するために、他の路線を短くする変更も同時に決定された。昨年秋から新路線の運行が始まり、ミンタルダ住民は乗り換えずに中央駅まで行けるようになった。

 住民イニシアティブが政治を動かして対処し、問題が緩和され、これで一巻の終わりになるはずだった。ところが、この新路線は、現在、「廃止の危機」に瀕している。利用状況が余りに悪いのである。新路線が走り始めて少し経過した昨年11月の調査によると、ミンタルダのバス路線乗客は通学する生徒がほとんどで、乗客はどの便でも10名以下しかいない。そして、新設された直行路線にミンタルダで乗り込む乗客は、1日の6便合計でわずか11名、という状況だった。

 確かに「公共交通」では、交通弱者のため、ある程度は採算を度外視してサービスする必要がある。しかし、多数の署名を集めて政治を動かした結果としては、あまりに利用が少なすぎる。直行路線を求めて運動したミンタルダ住民は、政治だけでなく、ミンタルダ住民を動かし、バスを利用するようにしなければならなかった。「住民運動だから、住民は自然に動く」ではない点が、残念である。

| 公共交通 | 13:41 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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スクラップ作業所の跡地利用に政治はガラス張りを要求

 以前ブログで紹介したように、ミュルハイムで40年にも及んで「公害源」として問題にされていたスクラップ作業所に、2014年春に、遂に移転の方針が示された。長期間の住民運動と、チャンスを捉えて仲介した市の努力による成果である。そらから、4年近くが経過し、移転交渉はまとまり、すでに作業所は1キロも離れていない北西へ移転を終えている。新しい場所は、港に隣接しており、周囲には住宅はないので、苦情を気にせずに作業が行われている。

ヴェーゼラー通りからスクラップ作業所の跡地を見る。引き込み線には草が生えており、使用されていないことがわかる。(2017年/こちらに、ほぼ構図が同じ2012年の写真がある)
 跡地では、土壌汚染の処理も終了した。残る最大の問題は、「跡地利用」である。早くも2014年夏から、各政党は、この機会をシュペルドルフ地区のまちづくりに生かすべきことを主張していた。

 「ドイツのまちづくり」というと話しに出てくるのが、拘束力のある規定を柔軟に設定できる「Bプラン(地区計画)」である。この地区には、まだBプランがない。「Bプランを策定すれば、将来を見据えたまちづくりを確保出来る」と思う方もいるだろう。しかし、実際にBプランを策定することは、容易ではない。実は、スクラップ作業所の移転先でも30年ほど前にBプラン策定手続きが開始されたが、作業は休眠状況で、いまだにプランは決定していない。用途が均一な住宅地のBプランでも、策定ではいろいろ問題が出てくる。まして、各種の工場が操業している地区に的確なBプランを策定することは非常に困難で、経費もかかる作業である。

 跡地は4車線ある幹線道路のヴェーゼラー通りに面し、規模が3ha近い。この跡地利用で最も心配されたのが、都心やシュペルドルフ地区の商店街にマイナスの影響を及ぼす小売店の進出である。スクラップ作業所があった港の近くは、工業系の地域である。ところが、すぐ近くのヴェーゼラー通り交差点には、近隣供給である食料品ディスカウント店が2店ある。さらに、作業所と道路を隔てた場所では、ホームセンターやマットレス店が営業している。

 Bプラン策定は期間と経費がかかるためか、市は当初、跡地を所有するJ社の動きを注意して見ていた。J社は、土地を売却するのではなく、賃貸したいと、候補となる会社と相談を開始した。市に正式な申請は行われていなかったが、ガソリンスタンドや建材・庭園センターの噂が流れ、商業系施設が立地する可能性も出て来た。そこで、市は、許可なく土地を利用できないように「形質変更禁止」の規制をかける方針を立てた。この方針は区評議会と市議会で認められ、2017年2月に跡地に形質変更禁止がかけられた。

 ところが、1年後の2018年1月に、市は「形質変更禁止を廃止」する案を出してきた。理由は、「形質変更禁止が行われていると、投資家が出てくる障害になる」としか説明がない。政治家は、「望ましくない小売店の進出を止められなくなる」と懸念を表明した。なぜ市が廃止を言い出したのかに関し、新聞に、「J社が、廃止しなければ提訴して裁判で争うと市を脅した可能性もある」という推測も流れた。

 この件を決定する権限は、市議会本会議にある。それに先だち、区評議会と都市計画委員会でも議論が行われる。先週行われた区評議会では、全会派が廃止に反対した。何が進出するのか具体的に分かってから廃止すればいい、というのが区政治家の意見である。ただ、区の意見は市の決定に影響力がなく、あくまでも「地元の参考意見」に過ぎない。今後、2月6日に市議会の都市計画委員会が、そして2月22日に市議会本会議が予定されている。形質変更禁止がどうなるのか、そして跡地に何が出てくるのか、シュペルドルフ地区の住民も、緊張して待っていることだろう。

| 居住環境や緑・公害 | 14:06 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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ドイツでは庶民の墓地利用は期限付きが主体

 私が初めてドイツを訪問したのはもう50年ほど前の夏だが、町がきれいなのに驚いた。その原因のひとつが「緑」の多いことで、花もきれいだった。とくに日本との違いを感じたのが、「お墓」である。日本のお墓は「石」で構成され、墓石の前に花が飾られている。ところが、ドイツのお墓は全体的に緑で、そのなかに墓石が置かれていて、とてもきれいだった。日本は火葬、ドイツは土葬という埋葬方法の違いも関係しているのだろうがが、「お墓」というより、「公園」と言った方が適切だと感じた。

 土葬の場合は、広い面積が必要になる。死者は増加する一方なので、土地利用にもそれなりの影響があるだろう。ところが、最近になって火葬を選ぶ人も増えてきて、従来のように広い墓地は不要になり、墓地予定地を住宅地にしたり、墓地の跡を森林化するという報道も見られるようになった。

デュイスブルクのオストアッカー墓地の北部分では墓じまいが進行しており、残るは数ヶ所だけだった。(2015年撮影)
 右の写真は、デュイスブルク北部の墓地で、森林化が予定されている。埋葬件数が減少したので、南の方だけで十分なので、北側に埋葬するのは20年近く前に停止したそうである。数年内に墓地を全て整理して、森林化を目ざすという話しである。その墓地の北部を歩いてみると、墓地があったような跡はあった。しかし、使用されている墓地は数ヶ所しかなく、広い遊歩道だったと思われる場所の両側には、芝生が広がっていた。

 どうも良くわからないのが、「お墓と遺骨はどうなるのか」という点である。デュイスブルクの場合は、条例で20年間の「静穏期間」が保証されているだけのようである。これは、墓地の使用権が子孫へと受け継がれている日本とは、非常に異なる話しである。ドイツでも、数百年前に亡くなった有名人の墓地は残されているはずだが、庶民の墓地は消えるのだろうかと、疑問に思っていた。

 数日前に、そのヒントとなる新聞記事があった。ボーフムでは、墓地の静穏期間は25年である。市外に住むある婦人の父親の墓地はボーフム市西部にあり、すでにこの期間が過ぎていた。最近、墓地をお参りに来た婦人は、「この墓地はしまわれる」と書かれた掲示を発見し、驚いた。父のお墓をこのまま維持したいと思い、市に期限延長について問い合わせた。しかし、市の回答は、彼女を落胆させるものだった。そこは棺を順番に埋葬するための墓地で、条例によると、死亡に際し、1回だけ静穏期間が確保されるだけで、家族がいつまでも利用できる権利は与えられないそうである。

 ただ、市は、彼女に、父親の墓を今後も維持する方法はあることを説明した。彼女が住む市には、長期的に利用できる家族墓地が提供されている。だから、市は「遺骨の掘り出し」に同意するので、そこを入手して墓地証明を示せば改葬できる、ということである。しかし、彼女は改葬には同意しなかった。遺骨を掘り出して静穏を破りたくないことと、家族墓地は高価で財政的に無理なためである。市は、この月末に、墓じまいを行う予定にしているそうだ。

| ドイツと日本と | 11:30 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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