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8月に枯れ木となったプラタナス - 日本と欧州の同時猛暑

 この夏の猛暑は半端でない、とくに外国から来た旅行者が「日本は暑い」と言っている姿がよく報道される。しかし、それがヨーロッパから来た観光客だったとすると、報道は正確さに欠ける。今年は日本とヨーロッパが共に猛暑で、「ヨーロッパの猛暑から逃れたと思っていたら、日本も猛暑だった」という人が多いはずだからである。これまで、日本とドイツが共に猛暑になったことは、私が新聞を毎日チェックするようになった2000年以降では記憶にない。ドイツから帰国した際、成田空港で降りる時に、「ドイツは涼しかったが、日本はまだ暑いので、注意するように」と言われたことがあるように、猛暑が重なることはまれである。しかし、今年は日本も異常気象で猛暑だが、ドイツも似たような状況で、ルール地方では久しぶりにプールが盛況である。

8月初めに枯れ木となってしまった、デュイスブルク市北部にある公園のプラタナス。(Der Westen紙より)
 熱中症では湿度が高い日本の方が深刻なようだが、植物への影響はドイツの方が深刻で、先月の後半には、各地で「雨が降らなので、植物が枯れないように散水している」というニュースが見られるようになった。「ルール地方よもやま通信」の都市はどこも財政が苦しく、散水のための費用も大きな負担になる。そこで、「散水のため、市民に寄付を呼びかける」というニュースも流れた。

 そして今日、新聞に掲載されたのが、この写真である。デュイスブルク市北部の公園に植えられているプラタナスが、猛暑と乾燥の影響で、8月始めに葉が1枚もなくなってしまった、というのである。例年であれば落ち葉の季節は10~11月なので、3ヶ月も早く枯れてしまったわけである。

 この樹木は、まだ生きているのだろうか。市の緑地担当は、「来年の春に芽を吹く季節になるまでは、枯れ死したのかどうか、誰にもわからない」とコメントしたそうだ。樹木の生命力は強いので、多分生きているだろう、来年になればまた緑の葉を付けるに違いない、と私は信じている。
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| 居住環境や緑・公害 | 18:05 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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樹木保護運動のプラスチックテープが物議をかもす

 先月末、デュイスブルクで樹木保護を目ざす環境グループが集まり、「無傷の - 都市は誰のものか」という団体を立ち上げ、直ちに樹木保護を市民に訴える活動を開始した。ところが、その活動方法に対し、「環境に悪影響を及ぼすのではないか」という意見が出され、物議をかもしている。そこで、この団体が設置された事情と、取り組んだ活動、そして何が問題となっているのかを説明しよう。

樹木にテープを巻き、それを示す環境グループ。テープには、オレンジ色の部分に「樹木をまもる」と、白い部分には「大気は我々に由来する(酸素を供給していることを意味すると思われる)」と書かれている。(Der Westen紙より)
 この団体が設置された背景にあるのが、3年前の2015年4月中旬に駅前のプラタナスが伐採された事件である。このようなことが繰り返されないようにと、3年を経過した先月に、関連する団体やグループが大同団結し、新しい団体結成に漕ぎつけた。

 こうして取り組んだのが、右の写真のようなオレンジ色のテープを樹木に巻きつけ、市民に樹木の大切さを訴える活動で、市内の約2500本の木に巻かれた。問題は、このテープが「プラスチック」であることである。樹木に巻き付けるので、すぐに弱くなる紙ではなく、耐久性があるとして選ばれたのだろうが、それでもいつかは剥がれたりして、ごみになる。紙であれば微生物に分解されるだろうが、プラスチックは細片になってもプラスチックのままである。だから、いずれは海に流れ込み、海で生活する生物に悪影響を及ぼすことが心配される、というわけである。もちろん、そうなる前に外して処分することも考えられるが、その際には市のごみ処理費用がかかり、市民の負担になってしまうことが問題となる。

 この論争は始まったばかりで、どのように進んでいくのかは全く予想できない。いずれにせよ、「環境を大切にする活動」には考えておくべき点が多くあり、批判されないように注意が必要である。

| 居住環境や緑・公害 | 20:48 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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スクラップ作業所の跡地利用に政治はガラス張りを要求

 以前ブログで紹介したように、ミュルハイムで40年にも及んで「公害源」として問題にされていたスクラップ作業所に、2014年春に、遂に移転の方針が示された。長期間の住民運動と、チャンスを捉えて仲介した市の努力による成果である。そらから、4年近くが経過し、移転交渉はまとまり、すでに作業所は1キロも離れていない北西へ移転を終えている。新しい場所は、港に隣接しており、周囲には住宅はないので、苦情を気にせずに作業が行われている。

ヴェーゼラー通りからスクラップ作業所の跡地を見る。引き込み線には草が生えており、使用されていないことがわかる。(2017年/こちらに、ほぼ構図が同じ2012年の写真がある)
 跡地では、土壌汚染の処理も終了した。残る最大の問題は、「跡地利用」である。早くも2014年夏から、各政党は、この機会をシュペルドルフ地区のまちづくりに生かすべきことを主張していた。

 「ドイツのまちづくり」というと話しに出てくるのが、拘束力のある規定を柔軟に設定できる「Bプラン(地区計画)」である。この地区には、まだBプランがない。「Bプランを策定すれば、将来を見据えたまちづくりを確保出来る」と思う方もいるだろう。しかし、実際にBプランを策定することは、容易ではない。実は、スクラップ作業所の移転先でも30年ほど前にBプラン策定手続きが開始されたが、作業は休眠状況で、いまだにプランは決定していない。用途が均一な住宅地のBプランでも、策定ではいろいろ問題が出てくる。まして、各種の工場が操業している地区に的確なBプランを策定することは非常に困難で、経費もかかる作業である。

 跡地は4車線ある幹線道路のヴェーゼラー通りに面し、規模が3ha近い。この跡地利用で最も心配されたのが、都心やシュペルドルフ地区の商店街にマイナスの影響を及ぼす小売店の進出である。スクラップ作業所があった港の近くは、工業系の地域である。ところが、すぐ近くのヴェーゼラー通り交差点には、近隣供給である食料品ディスカウント店が2店ある。さらに、作業所と道路を隔てた場所では、ホームセンターやマットレス店が営業している。

 Bプラン策定は期間と経費がかかるためか、市は当初、跡地を所有するJ社の動きを注意して見ていた。J社は、土地を売却するのではなく、賃貸したいと、候補となる会社と相談を開始した。市に正式な申請は行われていなかったが、ガソリンスタンドや建材・庭園センターの噂が流れ、商業系施設が立地する可能性も出て来た。そこで、市は、許可なく土地を利用できないように「形質変更禁止」の規制をかける方針を立てた。この方針は区評議会と市議会で認められ、2017年2月に跡地に形質変更禁止がかけられた。

 ところが、1年後の2018年1月に、市は「形質変更禁止を廃止」する案を出してきた。理由は、「形質変更禁止が行われていると、投資家が出てくる障害になる」としか説明がない。政治家は、「望ましくない小売店の進出を止められなくなる」と懸念を表明した。なぜ市が廃止を言い出したのかに関し、新聞に、「J社が、廃止しなければ提訴して裁判で争うと市を脅した可能性もある」という推測も流れた。

 この件を決定する権限は、市議会本会議にある。それに先だち、区評議会と都市計画委員会でも議論が行われる。先週行われた区評議会では、全会派が廃止に反対した。何が進出するのか具体的に分かってから廃止すればいい、というのが区政治家の意見である。ただ、区の意見は市の決定に影響力がなく、あくまでも「地元の参考意見」に過ぎない。今後、2月6日に市議会の都市計画委員会が、そして2月22日に市議会本会議が予定されている。形質変更禁止がどうなるのか、そして跡地に何が出てくるのか、シュペルドルフ地区の住民も、緊張して待っていることだろう。

| 居住環境や緑・公害 | 14:06 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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産業廃棄物の丘から「タイガー&タートル」のメッセージ

 デュイスブルク市南部には、ライン川そばにあった亜鉛精錬工場の跡地から出た有害物質で汚染された土を積み上げ、無害な土で覆った上で、緑化した丘がある。ここに、2010年の「欧州文化首都年」の一環として、芸術作品を置くことになった(2009年に選定され、2010年に建設を始め、2011年秋に完成した)。選ばれて設置されたのが、写真のような作品で、「タイガー&タートル」という名称がつけられている。私も、近くまで行く機会があったので、ジェットコースターに似た作品に登り、歩いてきた。素晴らしい眺めで、とても気持ちが良かった。

「タイガー&タートル」を西を流れるライン川方向から見た遠景と、すぐ下から撮影した近景。近くで見ると、ダイナミックで非常に力強い感じを受ける。(2012年撮影)
 先週、デュイスブルクの美術館で、作品の作者から、制作した意図の説明を聞く会が行われた。私はこれまで、作品につけられた名称が「虎と亀」を示すことは気づいていたが、意味は全く気にしていなかった。ところが、その記事によると、この名称が、製作意図を示すキーの役割を果たしていた。

 作品の作者は、アトリエで政治や社会の問いを取りあげ、「対立について議論し、強化する」のだそうである。この作品で取りあげられたのは、「速いと遅い」というコントラストである。恐らく、この形を見て、多くの人は「ジェットコースター」をイメージするだろう。しかし、作品のところへ来てみると、そこには階段があり、一段づつ登らねばならない。だから、「速いと遅い」の対立がこの作品になったという話しは、とても良く理解できる。

 名称として虎と亀が選ばれたのは、もちろんスピードがポイントである。しかし、それだけでなく、タイガーはターボ資本主義のシンボルで、滅びる恐れもあると説明された。一方、カメは中国で賢明さのシンボルで、敗れないことも意味するそうである。この作品は、汚染土を覆って緑化した丘に設置されることも考えて製作されたそうで、作者は寿命があると考えており、「永遠のランドマーク」とは思っていないそうである。名称をドイツ語でなく英語にした説明はなかったが、英語ならどちらも"T"で始まることが関係しているのかもしれない。

 もちろん、芸術作品は、作者が考えたことを越え、人々に訴えかけるものである。「速いと遅い」のコントラストは、私たちに何を語りかけるのだろうか。みなさんも、機会があればデュイスブルク市南部へ足を伸ばし、作品に登ってみることを勧めたい。なお、私が訪問したのはたまたま日曜日だったので登れたが、曜日によっては登れないそうなので、注意が必要である。

| 居住環境や緑・公害 | 12:42 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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エッセンは確かに「ヨーロッパ緑の首都」 - 映像も完成

 エッセンの「ヨーロッパ緑の首都」は、1月末の開幕行事も無事に終了し、暖かくなる季節へ向けて進行している。宣伝のための映像も完成し、DVDで販売され始めたそうだ。その映像の予告編がユーチューブにあると知ったので、眺めてみた。「たしかにエッセンはヨーロッパ緑の首都にふさわしい」と感じられる出来映えである。ここに紹介するので、是非一度眺めてみてほしい。

 この映像には、私がこのブログで紹介したところもチラッと出てくる。そこで、映像のどのあたりかと、そのブログを紹介しよう。
 まだ紹介する機会がないが、0分39秒と1分4秒頃には世界遺産となっているツォルフェアアイン炭坑が出てくる。さらに、0分40秒と1分30秒頃には、都心もチラッと出てくる。いずれにせよ、予告編を眺めると、エッセンの緑が豊かであることが良くわかる。

 確かに、0分24秒頃に出てくるクルップパークのように、工場の跡地が緑化された公園もある。しかし、紹介されている他の公園は、エッセンが工業都市として空気が汚染されていた当時も「緑」であったはずである。だから、ばい煙で大気が汚染されていた「鉄と石炭の都市」の時代にも、「ヨーロッパ緑の首都」の要素が維持されていたという面がある。

 そう考えていくと、エッセンが「地域計画」発祥の地で、その原因となったのが「緑の維持」だったことに行き着く。エッセンの都市計画責任者ロベルト・シュミットが作成し、1912年に州管区政府に提出した、「緑地」の重要性を力説する「建白書」が、現在のエッセンに広く緑地を残し、「ヨーロッパ緑の首都」を可能にしたのではないだろうか。なお、彼は、1分17秒頃に出てくる郊外の田園住宅地マルガレテンヘーエの建設にも力を尽くしたそうである。

| 居住環境や緑・公害 | 13:15 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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エッセンの「ヨーロッパ緑の首都」年がいよいよ開幕

 いよいよ2017年を迎えたが、この2017年は、エッセンにとってはとくに意味深い年になるはずである。1年半前に決定し、その後準備を進めてきた「ヨーロッパ緑の首都」の年だからである。

グルガ公園の入口周辺。左奥に見える建物は温泉クア施設で、手前左に石灯籠が置かれている。(2014年撮影)
 緑の首都年の公式の開始行事は、1月第3週の週末である1月21と22の両日に、エッセン中央駅から2キロほど南にあるグルガ公園で開催される。この公園は、1929年にドイツ初の庭園フェアが行われた場所で、公園として整備し、有料で市民に公開されている。その後も、1965年の連邦庭園フェアなど、庭園に関係する多数のイベントの場として、市民に親しまれている。公園の規模は全体で約65ヘクタールあり、日本で言うと、上野公園(53ヘクタール)と明治神宮(73ヘクタール)の中間に位置する。なお、グルガ"Gruga"という名称は、当初行われた「大規模ルール地方庭園展示(Große Ruhrländische Gartenbau-Ausstellung)」の頭文字をとったものである。

 下に示しているのは、エッセンの演劇グループ"Ruhrpott"が、緑の首都の宣伝に協力しようと作成し、ユーチューブにアップした映像、「2017年エッセン緑の首都の歌」である。過去の「鉄と石炭の町」が緑の町に転換し、EUプロジェクトに選定され、エコロジーに努力していることが訴えられている。

 こう説明していくと、「緑の環境首都は、緑や公園に関係する催し」と受け止められるかもしれない。私は、緑の首都に関するニュースをいくつか読んでいるが、思ったよりも広範な内容を含むプロジェクトだと感じている。そこで、緑の首都につき、いくつかのポイントを紹介したい。

 プロジェクトの広範さ:ウィキペディアにも紹介されているように、もともと「緑の首都」の選定には12の指標がある。それを眺めると、騒音や大気汚染のような生活環境に関わることだけでなく、気候変動やエネルギー使用などの地球環境的な視点も重視されている。一言で要約するとすれば、「持続性」ということになるかもしれない。現在、財政が厳しいエッセンでは、公共交通に対する市の負担をどうするかが問題となっているが、緑の環境首都に選定されたことが、公共交通の維持にもプラスになっている雰囲気が感じられる。

 住民の参加で進められる:緑の環境首都として何に取り組むかに関し、市は住民に広く呼びかけ、プロジェクトを募集した。現時点で約300件のプロジェクトが予定されており、住民の関心の高まりにより、今後もプロジェクト件数が増加していくと考えられる。

 過去よりも未来:緑の環境首都が取り組む広範な課題は、現代においていずれも重要なものであり、今年1年で終わってしまってはならない。今後も継続して取り組むことが必要で、その点で、「過去の成果を示すものではなく、将来を見据えたもの」だと説明されている。

 プロジェクトの例として、5つの高校が、校舎のエネルギー節約を競うコンクールを紹介したい。エッセン市は多数の建物を有しているが、そのほぼ半数は学校で、省エネの余地は大きい。同時に、生徒に工夫を促し、考える機会を提供することで、持続性を目ざす将来性ある人材を育成する意味もある。プロジェクトでは、建物の環境や消費エネルギーを正確に測定することが必要で、緑の首都のメインスポンサーで、エッセンに本社がある環境測定のイスタ社が必要な技術を提供している。どんな結果が出て来るのか、楽しみである。

| 居住環境や緑・公害 | 16:12 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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デュイスブルク市北部の緑地帯が遂に完成を祝う

 1ヶ月以上前から「よもやま通信」に紹介したいと思っていた出来事がある。デュイスブルク市北部で、工業地帯に接する住宅地の環境改善を目標に建設されていた緑地帯が完成し、5月15日に祝われた。まずは、規模が8haもある緑地帯の写真を紹介しよう。

デュイスブルク北部のブルクハウゼンに完成した緑地帯を南側から見る。左の道路がLRTが走っているカイザー・ヴィルヘルム通り。(Der Westen紙より)

 ブルクハウゼン地区は、写真左側に見える幹線道路のカイザー・ヴィルヘルム通りを境界として、東側には住宅地が広がり、西側は製鉄工場という、工場と住宅が近接した地区だった。この結果、人口減少の中で、住宅地には空き家が目立つようになっていた。そこで、道路そばの住宅を取り壊して緑地帯に整備し、居住環境を向上させよう、というのが事業の趣旨である。道路に沿い、東側に奥行き100m前後(最深部は約160m)の緑地が整備された。

溶鉱炉が消え、緑地が広がる現況。(2015年9月撮影)
 実は、この緑地帯は、「ルール地方よもやま通信」と切っても切れない関係にある。それを示すのが左の写真で、上のタイトル左端に示している住宅地から溶鉱炉を眺めた写真(2009年撮影)の「現在」である。2枚の写真を比較すると、手前にあった建物だけが残されていることがわかる。こうして幹線道路に近い住宅が取り壊されて緑地になったのに加え、工場内に見えていた溶鉱炉も解体され、とても「同じ場所」とは思えない変貌ぶりである。左の写真を撮影した2015年秋には緑地帯はほぼ完成しており、気候の良い時期に完成を祝うのを待っていた。

 緑地帯の構想が住民に初めて説明されたのは、2006年だった。その後、一部縮小された計画に沿って2008年に事業に着手され、建物の取り壊しが始まったのは2009年5月だった。約6年間を費やして121棟の建物が取り壊され、291世帯、約800人が移転した。移転先の半数は同じブルクハウゼンで、市外に転出したのは2名で済んだそうだ。

 もちろん、多額の経費が必要だった。全体の費用7200万ユーロのうち、半額はEU、連邦と州の補助で、残る半額は、本来は市が負担する必要がある。しかし、財政が厳しいデュイスブルクには資金がない。残る半額を提供したのは、デュイスブルクに多数の溶鉱炉を有するティッセン・クルップ社である。実際に支出されたのは6500万ユーロで、ティッセン・クルップ社からの寄付はまだ数百万ユーロ残っている。この資金で、今後30年間にわたって緑地帯の維持管理を行う計画になっている。

 なお、緑地帯建設のための用地は、全て任意買収で入手されている。反対派が入手し、買収に応じなかった建物が1棟あり、それは隣接する買収済みの棟と一緒に残されている。位置的に緑地の端にあたり、隣接建物も残されているので、とくに違和感は感じられない。逆に、「自分の所有建物も買収してほしい」と提訴した所有者もいた。カイザー・ヴィルヘルム通りに建つ建物で、1階は店舗になっている。確かに工場から近いが、市は「ブルクハウゼン地区の入口として重要な目印となる建物で、取り壊すつもりはない」と主張し、裁判所も市の考えを認めた。

 これからブルクハウゼン地区がどう変貌していくのか、緑地帯がどのような効果を及ぼすのか、地区の今後への興味は尽きない。

| 居住環境や緑・公害 | 21:02 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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