FC2ブログ

| PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

昨日の日曜は23時間 - 夏時間開始で健康に要注意

 一昨日、ドイツのニュースを見ていて、睡眠に関する記事が目についた。気にとめずに見過ごしていたが、昨日は別の新聞社にも睡眠の記事があった。それで思い出した、「夏時間」が始まるのだ。毎年のことなのに、これまでは記事に気づかなかった。そこで、念のため、その記事をダウンロードしておいた。

 今日になって記事を読んでみて、取りあげられている背景が分かった。EU(欧州連合)で、先月、夏時間に反対する意見が出されたため、夏時間導入の長所と欠点を列挙して再検討する予定になっているそうだ。これが、夏時間の開始を新聞が取りあげた理由らしい。内容を読むと、これまで聞いたことのない健康面の問題が書かれていたので、ブログで紹介することにした。

 ずっと前の1970年代には、イギリスでは夏時間が実施されていたが、ドイツにはなく、ドイツに導入されたのは1980年のことである。その後、1996年に、EU全体も夏時間を導入することになった。夏時間への転換は土曜日の深夜(日曜日の朝)に行われる。今年の場合、3月25日(日)午前1時59分の次は「午前2時」でなく「午前3時」になり、1日が23時間しかない。これから10月末までの7ヶ月間、夏時間が継続する。3月末の夏時間開始時は1時間を失い、10月末の終了時は1時間をプレゼントされる、という感じである。

 EUでの検討される予定になっているため、新聞は警察、消防、空港や鉄道にインタビューを行った。たしかに時計の針を廻すのは面倒だが、これまでも処理してきており、どこでも「問題ない」という反応が得られた。しかし、問題は、時刻に敏感な職場ではなく、人の健康面にあるらしい。これは初耳だった。夏時間に移行する際に失う1時間が、人体のバイオリズムに悪影響を有す、ということである。もちろん、大抵の人はその影響を短期間に乗り越えることができる。しかし、人によっては期間がかかり、さらには体調が悪化する人もいるそうで、複数の研究結果がある。ドイツではないが、夏時間への変更後3日間に心筋梗塞の件数が増加するという報告があり、ドイツの保険会社DAKも心筋梗塞の増加を報告しているそうだ。

 さて、これから行われるというEUでの検討はどうなるのだろうか。ドイツでも、DAKのアンケートによると、回答者の70%が夏時間の廃止を望んでいるそうなので、廃止される可能性がある。ちなみに、日本からドイツを眺めている私としては、夏時間が継続される方が嬉しい。理由はたわいないもので、夏時間の間は日本とドイツの時差は「7時間」だが、元に戻ると「8時間」になり、ドイツが遠くなる気がするからだ。もちろん、健康面の検討の方がはるかに重要で、それを基礎に結論が出されるのが当然だろう。
スポンサーサイト

| ドイツと日本と | 17:11 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

ドイツでは庶民の墓地利用は期限付きが主体

 私が初めてドイツを訪問したのはもう50年ほど前の夏だが、町がきれいなのに驚いた。その原因のひとつが「緑」の多いことで、花もきれいだった。とくに日本との違いを感じたのが、「お墓」である。日本のお墓は「石」で構成され、墓石の前に花が飾られている。ところが、ドイツのお墓は全体的に緑で、そのなかに墓石が置かれていて、とてもきれいだった。日本は火葬、ドイツは土葬という埋葬方法の違いも関係しているのだろうがが、「お墓」というより、「公園」と言った方が適切だと感じた。

 土葬の場合は、広い面積が必要になる。死者は増加する一方なので、土地利用にもそれなりの影響があるだろう。ところが、最近になって火葬を選ぶ人も増えてきて、従来のように広い墓地は不要になり、墓地予定地を住宅地にしたり、墓地の跡を森林化するという報道も見られるようになった。

デュイスブルクのオストアッカー墓地の北部分では墓じまいが進行しており、残るは数ヶ所だけだった。(2015年撮影)
 右の写真は、デュイスブルク北部の墓地で、森林化が予定されている。埋葬件数が減少したので、南の方だけで十分なので、北側に埋葬するのは20年近く前に停止したそうである。数年内に墓地を全て整理して、森林化を目ざすという話しである。その墓地の北部を歩いてみると、墓地があったような跡はあった。しかし、使用されている墓地は数ヶ所しかなく、広い遊歩道だったと思われる場所の両側には、芝生が広がっていた。

 どうも良くわからないのが、「お墓と遺骨はどうなるのか」という点である。デュイスブルクの場合は、条例で20年間の「静穏期間」が保証されているだけのようである。これは、墓地の使用権が子孫へと受け継がれている日本とは、非常に異なる話しである。ドイツでも、数百年前に亡くなった有名人の墓地は残されているはずだが、庶民の墓地は消えるのだろうかと、疑問に思っていた。

 数日前に、そのヒントとなる新聞記事があった。ボーフムでは、墓地の静穏期間は25年である。市外に住むある婦人の父親の墓地はボーフム市西部にあり、すでにこの期間が過ぎていた。最近、墓地をお参りに来た婦人は、「この墓地はしまわれる」と書かれた掲示を発見し、驚いた。父のお墓をこのまま維持したいと思い、市に期限延長について問い合わせた。しかし、市の回答は、彼女を落胆させるものだった。そこは棺を順番に埋葬するための墓地で、条例によると、死亡に際し、1回だけ静穏期間が確保されるだけで、家族がいつまでも利用できる権利は与えられないそうである。

 ただ、市は、彼女に、父親の墓を今後も維持する方法はあることを説明した。彼女が住む市には、長期的に利用できる家族墓地が提供されている。だから、市は「遺骨の掘り出し」に同意するので、そこを入手して墓地証明を示せば改葬できる、ということである。しかし、彼女は改葬には同意しなかった。遺骨を掘り出して静穏を破りたくないことと、家族墓地は高価で財政的に無理なためである。市は、この月末に、墓じまいを行う予定にしているそうだ。

| ドイツと日本と | 11:30 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

2月28日生まれの誕生日を祝うのは、いつ?

 今年も2月は28日までしかない。子どもの時、「2月29日生まれの人は、4年に1歳しか年をとらないのだろうか」と疑問を感じたことがある。しかし、実際にはそんなことはなく、2月29日生まれの人も、毎年、年齢を重ねている。

 では、誕生日はいつ祝っているのだろうか。1日早い2月28日だろうか、それとも1年が経過したことを確認した後の3月1日だろうか。ミュルハイム出身のマクシーさんは2月29日生まれで、これまでドイツでは、家族から3月1日に誕生日を祝ってもらっていた。

 彼女は、ボン大学でアジア学を学んだ。卒業後に奨学金に応募して選ばれ、昨年から東京に住んでいるそうだ。そして今日、つまり2月28日に、日本の友人から誕生日を祝ってもらう。彼女にとっては初めての経験で、驚いている、「日本では、遅くするのではなく、早くするのだ」と。

 日本で早くするのは、「忘れていたのではない」ということなのかもしれない。仏教の法事を行う時、「早くするのはいいが、遅いのはダメ」と聞いたことがある。だから、日本とドイツの違いではなく、アジアとヨーロッパの違いかもしれない。いずれにせよ、マクシーさん、誕生日おめでとう!

| ドイツと日本と | 11:27 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

ドイツのストリートビューは写真が古く20都市だけ

 最近は、毎日のようにGoogleにお世話になっている人が多い。ネットで何か調べることを、「ググる」と表現するほどである。もちろん私も、検索のお世話になっている。私が最もよく利用するのはGoogleの衛星写真とストリートビューで、部屋のパソコンから、遠く離れたドイツを毎日のように眺めている。

 福島県には、まだ放射能の値が高いので避難が続いている町もある。たとえば双葉町や浪江町では、町の要望もあり、かなり細かい道路についてもストリートビューが整備されているので、ネットで自宅の様子を懐かしむことが可能である。一方、福島市の私の自宅は袋小路の奥にあり、ストリートビューは袋小路の入口までしかない。ただ、写真が撮影されたのは昨年の夏なので、ほぼ現状を見ることができる。もちろん、そこを走っている車のナンバーや、歩いている人の顔には、プライバシーへの配慮として「ぼかし」が入れられている。

 さて、私が毎日眺めているドイツの衛星写真とストリートビューだが、衛星写真は日本ととくに違いは感じられない。しかし、ストリートビューは状況が違う。第一に、ストリートビューがある都市が少なく、20都市しかないそうである。しかも、写真が2010年以前の古いままで、更新されていない。そして、下の写真のように、人の顔と車のナンバーに加え、建物にも「ぼかし」が入っているのである。

エッセン市南部のある住宅地のストリートビュー。写真の中央右と、道路左の建物に、「ぼかし」が入っている。撮影時期は2008年8月で、この間に左側の住宅は取り壊されているのだが、どういう建物だったのか知ることができなかった。

 ドイツのストリートビューは、2010年に、人口がほぼ30万人以上ある20都市で開始された。よもやま通信の都市では、ドルトムント、ボーフム、エッセン、デュイスブルクの4都市が含まれている。次第に拡大し、いずれ6都市全てに整備されるのだろうと思っていたが、拡大の気配はない。しかも、写真は2008~2010年の古いままである。

 そして、「今後も当分はこのまま」、つまり、20都市、2010年までの写真のまま、だそうである。その理由を物語るのが、ぼかしが入った上の写真である。。「ドイツはデータ保護の規定のために経費がかかるので、新しい写真は示さないことにした」、ということらしい。確かに、Googleが写真を撮影し始めた頃、プライバシーに心配する市民の声が報道された。この結果、各世帯に手紙を郵送し、住宅の画像をそのまま公開してよいか確認を取ることになったそうだ。拒否率は3%程度だったので、普通に眺める分には問題ないが、時々は「ぼかし」に出会う。どちらかというと、「ぼかし」は高級住宅地に多目の印象がある。

 ルール6都市のまちづくりを追いかけている私としては、オーバーハウゼンとミュルハイムのストリートビューがないことは非常に残念である。ただ、2010年頃の都市景観を現在と比較できる点には、プラスもある:実は、密かに「以前のストリートビューと現在のストリートビューとを比較できるといいな~」と、願っているのだが・・・。もちろん、「ぼかし」がない日本方式の方が、ありがたい。

| ドイツと日本と | 08:14 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

議会の高い地位 : ドイツ自治体が伏魔殿と無縁な理由

 先月末、豊洲新市場の問題に関連して、元都知事の石原慎太郎氏が、「都庁は伏魔殿」だと話していた。たしかに、組織が巨大になると風通しが悪くなりがちである。だが、ドイツの自治体政治は外から見ていてわかりやすく、伏魔殿と縁がないように見える。日本とドイツの違いは、どこに原因があるのだろうか。

 今日は、宮城県の長沼ボート場を視察した小池新知事が、インタビューに答え、都知事として「東京都としての選択をしっかりと定めていきたいと思っています」と話していた。これを聞き、先日から考えていた「日本の地方議会は追求の場、ドイツは決定の場」という差の原因が、わかったような気がした。すでに会期が終わった東京都議会は、ボート会場の決定に指一本触れることができない - だから、後で追及することになるのだろう。ドイツでは議会で議論して議決する事項が、日本では行政内部で決定されており、「議会の役割がまるで違う」のだ。

使用されなくなった教会を取り込み、完成が近づいているボーフム音楽センター。(2016年撮影)
 私が追跡している「よもやま通信6都市」でも、建築をめぐっていろいろ対立があり、マスコミをにぎわせている。そこで、両国の違いを具体的に知りたいと思い、少し前から、ボーフム都心の教会を包含して建てられる音楽センターの決定までの過程を調べている。10年以上にわたって市の懸案として報道され、その間に、市議会で何回も取りあげられている - もちろん、日本の地方議会で見られる代表質問や一般質問のような「追及」ではない。教会の取り壊しを認めるのか、買い取るのか、そして室内楽ホールに改造するのか、さらにはコンサートホールと統合して音楽センターにするのかと、何回も行政が市議会に案を提出し、議会で議論され、ボーフム市としての「決定」が行われている。いずれ整理して、ホームページで「ボーフム音楽センターが建設されるまで」を紹介したいと考えている。

 マスコミが報道し、議会でも取りあげられた東京都の豊洲新市場やオリンピック会場の問題も、小池氏の発言のように「東京都としての選択」である。しかし、ドイツと違い、議会ではなく、都知事を頂点とする行政が決めてきている。この原因を知りたいと思って地方自治に関する法律を眺めた結果、日本とドイツにおける「地方議会の権限」の違いを確認できた。なお、連邦制のドイツでは、地方自治法を定めるのは州であるため、州によって違いがある。ここではよもやま通信6都市が所属するノルトライン・ヴェストファーレン州(以下「NRW州」と書く)の自治体法を検討する。

 まず日本である。ここに「法令データ提供システム」が提供している「地方自治法」がある。議会の権限は、「第二編 普通地方公共団体」の「第六章 議会」、「第二節 権限」にある。第九十六条が、議会の議決が必要な事項を15項目列挙している。中味を見ると、条例、予算や財産に関する事項が中心で、公共施設の移転で議決が必要になることはほとんどないと考えられる。続く第2項が、これ以外の事項についても条例を定めることで議決を義務づけることができると定めているが、いずれにせよ、日本では「議会の権限が限定されている」わけである。とくに、豊洲や築地のように影響が大きい施設について行政内部で決定できることは、重要な公共施設の建設をめぐる対立が住民投票になることもあるドイツと、まるで逆である。

 ドイツの自治体法は、これとは全く異なる。NRW州自治体法第41条は「議会の権限」として、まず「自治体の議会は、この法律が別の定めを置かない限り、自治体行政の全ての事項に関して権限を有す」と定めている。もちろん、細かい点すべてを議会が扱うことはできないので、第2項が、特定の事項を委員会や市長に委ねることができると規定し、第3項は、議会の名で、日常の行政を市長に委ねている。なお、第1項は、委任できない事項を20項目列挙している。そして、第62条が、市長に、市議会が扱う事項の準備を行うことを求めている。

 どうやら、ドイツと日本の地方議会の権限には、月とスッポンほどの違いがあるようだ。ドイツではまず「議会」があり、市長をトップとする行政は、議会から委託を受けて仕事を行う。だから、議会は日本より頻繁に開催される。NRW州は、第47条で「少なくとも2ヶ月に1回」の開催を求めており、毎月開催するよう規定している州もある。日本の議会は、ごく少数の例外を除くと、年に4回、会期もそれぞれ数週間と、「常設」ではなく、「時折」開かれているのが通例である。よもやま通信都市では、市議会本会議は年に6~7回だが、市議会の委員会や区評議会も同程度の頻度で開かれるので、夏休み期間を除き、「議会関係の会議がない日の方が少ない」という状況である。

 これまでも何となく感じていたが、議会の権限を定めた法規定を読み、日本とドイツの議会の地位が根本的に違うことが確認できた。議会で決定するドイツの場合、決定のための資料は、事前に全て公表される。市民に関心ある事項では、各党のスポークスマンが事前に考え方を説明し、マスコミも積極的に報道する。だから、ドイツの地方政治は、日本に比べてはるかに透明で、分かりやすい。伏魔殿になる隙間を見つけるのは、困難である。「都政の透明化」にも議会の地位向上が不可欠で、それなしでは小池都政も息切れして、中途半端に終わるのではないだろうか。オリンピック会場問題がその試金石になるかもしれないので、今後も注目していきたい。

| ドイツと日本と | 14:32 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

日本の地方議会は追求の場、ドイツは決定の場

 このところ、東京都の豊洲新市場に地下空間が発見されたことが、連日大きく報道されている。数日前には東京都議会が始まり、代表質問、そして一般質問と、小池都知事を始めとする行政を、議員が追求している。それで、知らず知らずに「日本とドイツの地方議会を比較」している自分に気づいた。

 報道を見ていて、地下空間が発見される前から都議会議員を務めていた議員が、都知事になったばかりの小池知事を追求している点には、少し違和感も感じた。しかし、最も強く感じたことは、「ドイツと日本の議会は、別物ではないか」という点である。私は、よもやま通信6都市の新聞記事で、市議会についての記事をよく目にする。確かに首長である市長を厳しく追及する場面も少なくないが、基本的に、それは「行政が提案した原案への反対意見」として議論される。つまり、市議会は「決定の場」なのである。

 一方、東京都議会では、登壇した議員が代表質問や一般質問で追求するが、その場で何かが決定されるわけではない。何を取りあげるのかも、質問に立つ議員が選定する。これは東京都議会が特殊なのではなく、各地の市町村議会もほぼ共通であり、議会は行政に対する「追求の場」である。「同じ地方議会でありながら、議論している内容が大きく違う」、これが私の感想である。

 そこで、少し調べてみた。現在行われている東京都議会は、「平成28年第3回定例会」である。知事提出議案が43件(予算案1件、条例案11件、決算2件、契約案10件、事件案6件、専決2件、人事案11件)あり、議員提出議案は決議の1件だけである。会期は9月28日から16日間で、本会議が予定されているのは10月4日(代表質問)、5日(一般質問、議案の付託)と13日(議案の決定)である。参考までに先月の福島市議会も調べてみたが、会期は9月1日からの約3週間のようで、9月7日から3日半にわたって本会議で「一般質問」が行われている。そして、委員会での審議を受け、9月23日が討論と採決である。
    その後、福島市議会は2年前に議会改革を行い、通年議会(通年会期)に移行していたことを知った。しかし、本会議が行われるのは以前と同じ「3ヶ月毎」である。現在は、まだ過渡期なのかもしれない。
 大きな位置にある東京都議会の「代表質問」と「一般質問」、あるいは福島市議会の「一般質問」は、基本的に「議員による行政の追及」である。その一方で、「提出されている議案はどういうものだろうか」と思って調べようと考えても、ホームページに議案の資料を見出すことはできなかった。

 ドイツの状況は、これとは大きく異なる。まず、「○○年第○回定例会」なるものはなく、五月雨式に本会議や各種委員会、さらには区評議会が行われている。市議会本会議は年に6~7回行われるが、すべて1日で、大抵は昼過ぎから開始される。近年はホームページに議案やその資料が事前にアップされているので、ネットから提案内容を知ることができる。各議案は、とくに本会議の付託を受けることなく委員会や区評議会で扱われ、最後に本会議にたどり着く。だから、各党の賛否が事前の委員会でほぼわかっているという点で、本会議には少し儀式に近い面もある。

 ドイツでは議案の内容が事前に詳しく知らされているので、簡単な案件では本会議で直ちに採決が行われ、重要案件や意見対立がある場合は、各党が見解を表明した後に採決されることが多い。市民の関心が高い重要案件で、議員や行政の間で意見が戦わされることも時々ある。だが、日本の「代表質問」や「一般質問」に相当する場は無い。だから、議会は「決定の場」である。

 どうしてこのような違いがあるのだろうか。そして、この違いが、小池新知事が追及するとしている「都政の透明化」とどのような関連にあるのだろうか。これからも考えていきたい

過去か未来か、そして権限は? (2016.10.07)

 東京都議会では、場所を本会議から経済・港湾委員会へ移し、豊洲問題が議論されている。「これまでの経過を解明する」ことが目ざされているので、扱っているのは「過去」のことである。過去のことは、追及するしかない。もちろん、「このようなことを繰り返してはならない」、あるいは「食の安全」という未来を見据えてのことである。一方、ドイツの市議会が扱っているのは、基本的に「今後どうするのか」という「未来」のことである。市議会には、それを決定する権限がある。

 良くわからないのが、豊洲問題の決定権限がどこにあったのか、ということである。日本では、議会に権限がない事項が、大きく扱われることが少なくない - たとえばまちづくりの課題では、都市計画審議会など、別の機関が権限を有している。何を行うにも予算が必要なので、「予算の決定権限を有す議会が、全権限を握っている」と割り切って考えるのは、少し行き過ぎであろう。

 もちろん、ドイツでも、議会で権限を有しないことが議論されることはある。しかし、まちづくりの権限が市議会にあることからわかるように、そういうケースは日本よりはるかに少ない感じがする。日本とドイツの地方議会の違いは、かなり深いところに根ざしているようである。

| ドイツと日本と | 14:22 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

賃貸住宅での保育を認める判決に喜ぶ保育ママ、ペトラさん

 「保育園落ちた日本死ね!!!」という投稿から1ヶ月以上が経過したが、保育所問題は現在も注目を集めている。少子化と男女共生社会を背景にした、非常に重要な問題だからである。ドイツでも、保育所への入所を希望する全ての児童を受け入れるという連邦の方針を受け、現在も市町村は保育所建設に苦心している。その一方で、「個人が自宅で行う零細な保育も一定の役割を果たしている」ことがわかる記事もある。個人が保育を担うことは、出生率が高いフランスではさらに大きな役割を担っているそうである。だから、ドイツの状況は、日本とフランスの中間に位置すると考えられる。

 ミュルハイムに住むペトラさんは、政府の資金援助で建築された社会住宅に住んでいる。そのおかげで、住宅は96㎡と広く、庭には遊具も置かれている。ペトラさんは子ども好きで、保母の資格も持っている。すでに子どもを育て上げ、住まいに余裕が出てきた10年前から、自宅で小さい子どもの保育を引き受けるようになった。子どもは市の青少年局から紹介を受け、人数は2名か3名である。

住棟のそばにある遊び場。ペトラさんだけでなく、最高で5組の保母が利用していたこともあったそうである。(Der Westen紙より)

 保育を始める際には、当時の住宅管理人に問い合わせたが、制限はないと言われたそうだ。しかし、現在の家主は騒音を問題にして、保育をやめるように求めてきた。建物のすぐそばにある庭に遊び場があり、保育でも利用しているが、その遊び場からの騒音のため、他の借家人にはバルコニーに滞在することが受忍できない、というのが家主側の主な言い分である。そこで、保育して良いことの確認を求め、ペトラさんが提訴した。

 一審では、彼女は敗訴した。判決は、保育は障害を生む可能性があり、この住宅は居住目的に借りただけであり、それを超える利用には認可が必要だという論理で、内容が抽象的であった。「3人までの世話は、賃貸住宅でも認可なしに許容されるという判決が沢山ある」と納得できないペトラさんは、控訴した。

 そして先日、控訴審の決定があった。その論理の中心は、「賃貸住宅で自分の子どもを育てるのか、あるいは他人の子どもを育てるのかは、重要な違いではない」ということである。しかも、自分の子どもの場合は、友人が遊びに来ることもあり、夜間も子どもがいることを考えると、最大でも3人で、時間も限られているペトラさんのケースでは、騒音の被害はかえって少ない、と示した。

 私は、家主の「屋外にある遊び場からの騒音がバルコニーの滞在を不快にしている」という言い分には、違和感を感じる。これまで、いろんな騒音紛争を聞いてきた経験から、アパートの場合は上階や隣接住戸からの騒音の方がはるかに深刻で、対策も難しいはずだ、と思うからである。だから、一審の決定は抽象的で承服できないというペトラさんの言い分を、スッと理解できる。

 この話しから、個人として2~3人の乳幼児の保育を引き受けることが、ドイツでは一定の役割を認められ、育児に貢献していることがわかる。そのドイツでも、賃貸住宅で保育所を経営することは、家主の理解が必要で、困難なようである。3年前に、集合住宅での保育所経営を目ざし、理解ある家主を探していた2人は、その後、首尾良く場所を見つけることができたのだろうか。ドイツと日本、そしてフランスと、保育環境が似ているようで微妙な違いが存在するようだ。

| ドイツと日本と | 14:33 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

| PAGE-SELECT | NEXT