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ドイツのイケアが郊外出店から都心回帰へと大転換

 先週、ドイツのイケアが、これまでの出店方針を転換し、車に依存した郊外出店から、公共交通の便が良いところへ出店すると発表した。もちろん、私はこの転換を大歓迎している。

エッセン都心ベルリーナ広場のすぐそばにあるイケア店(2001年撮影)。売場面積は約1万5千平米で、2012年頃、イケアは「この面積では持続性がない、あと1万平米はほしい」と、市外を中心に探していた。その後2014年に、市内残留を目ざすエッセン市と、2kmほど北西の工場跡地に移転することで合意していた。
 これまで、イケアは郊外に出店し、自店舗を中心としたショッピングセンター整備を行ったりもしてきた(たとえば南ドイツのウルム)。しかし、中心市街地の衰退を防止しようとするドイツ都市計画により、その方針は認められなくなった。ショッピングセンターの形成を断念させられたイケアは、その後も郊外進出は進めた。もちろん、ルール地方も例外ではなく、ドルトムントに郊外店を建設し、都心に店舗があるエッセンでは郊外への拡大移転を計画し、さらにはエッセン北のボトロップと、ドルトムント北西のカストロプ・ラウクセルに郊外型新店舗の建設準備を進めていた。

 ところが、そのイケアが、「郊外はもはや将来性がない」として、ボトロップとカストロプ・ラウクセルへの新店舗建設を断念し、エッセンの移転計画も再検討すると発表したのである。とても大きな方針転換で、このニュースには驚いた。ボトロップとカストロプ・ラウクセルの市長は、とても落胆しているそうだ。

 イケアによると、背景には、イケアがドイツ市場に浸透し、あまり大きな成長が望めなくなったことがある。しかも、最近の若い世代は、以前ほどは車に依存しなくなった。そこで戦術を転換し、車のない客でも利用できる場所を目ざすことにしたそうだ。その一方で、インターネットによるオンライン販売は増加し、すでに売り上げの6%はオンライン販売になっている。10%を超える日も遠くないと思われるので、これには配送センターの整備で対応する。こうして、これまでの郊外出店から、「都心店プラス配送センター」に転換する方針が決定された。

 もちろん、この転換の背景には、ドイツが郊外出店を規制し、都心の活性化を維持していることがある。このような都市計画の転換が行われたのは、もう20年以上前のことで、遂にイケアが方針転換することになったのかと、感慨深いものがある。日本はまだ郊外出店をかなり認めているが、ドイツに見習い、都心活性化をもっと進めてほしいものだと考える。
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| 中心市街地や近隣供給 | 23:07 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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都心への防犯カメラ設置の効果が認められ、継続へ

 日本では、都心や商店街で犯罪が起きた場合、それに関する防犯カメラ画像の解析が重要な解明手段となっている。一方、ドイツでは、ストリートビューに「ぼかし」が入れられている現状からわかるように、プライバシーが尊重されている。この結果、プライバシー侵害の恐れがある防犯カメラ設置はあまり進んでいず、ルール地方の南に隣接する州都デュッセルドルフの都心に例があった程度である。

 この状況を変えるきっかけとなったのが、2015年の大晦日の夜から翌朝にかけ、ケルンを初めとするドイツの大都市で、集団的に性的暴行が行われる事件が発生したことである。もともとドイツでは、毎年、大晦日の夜に花火を鳴らし、若者が騒ぐことはあった。勢い余って商店のガラスを割った例もあり、自衛手段を講じている商店街もある。しかし、性的暴行は悪質な犯罪で、大量の難民を受け入れたこととの関連も議論となった。とにかく再発を防ぐことが必要で、考えられる対策の一つが、防犯カメラによる監視である。

ドルトムント都心のブリュック通りには、夜の飲食店も多い。右側に少しだけ見える下部がガラスの建物は、活性化のため建設されたコンサートホールである。(2012年撮影)
 こうして、2016年に入ると、ルール地方の大都市でも防犯カメラ設置の検討が開始された。「よもやま通勤6都市」では、人口が多い3都市が先行したが、どこに設置するのかでは、各都市の事情に応じ、違いがある。デュイスブルクでは、市北部の副都心に相当し、トルコ人などの居住が多いマルクスロー地区が選定された。エッセンでは、都心北の地下鉄駅周辺の、麻薬の取引が行われていると言われている場所が選ばれた。

 ドルトムントで選ばれたのが、都心の中心商店街と中央駅の間に位置する「ブリュック通り」である。警察によると、この狭い道路で、都心で起きる道路犯罪の22%前後が起きている。監視されるのは夜間で、犯罪が多発する時間帯である金曜日から土曜日にかけてと、土曜日から日曜日にかけてで、いずれも22~7時である。犯罪を事後的に調べることも重要だが、カメラが稼働する時は、本部で映像が監視され、パトロールの警官が増員される。カメラで異常が認められれば無線で連絡され、直ちに現場に急行される。こうして、犯罪に初期に対処され、「犯罪として完成するのが妨害する」という、予防主体の対策である。

 ブリュック通りの監視は、2016年12月16日の金曜日に、「1年間の試行」として開始された。今月に入り、警察は2017年の1月~10月の結果をまとめて報告した。それによると、2016年には21件あった傷害が9件に、9件あった強盗が5件に減少するなど、重大な暴力犯罪はほぼ半減し、明確な効果が認められた。この結果、ブリュック通りの監視はさらに継続されると共に、監視する地区の拡大が実施されることになっている。カメラ活用の手法は日本と微妙に異なっており、今後の展開に興味が持たれる。

| 中心市街地や近隣供給 | 17:23 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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「橋の日」に都心商店街が繁栄するドイツ - 飛び石との違い

 今朝、通勤でいつもの電車に乗ると、通例よりすいていた。で、昨日が勤労感謝の日だったことを思い出し、「そうだ、今日は『橋の日』なんだ」と、納得した。

 「橋の日」、日本人には何のことか分からないだろうが、ドイツ人に "Brückentag(ブリュッケンターク)"とは何かと聞けば、すぐに教えてくれるはずだ。今日は11月24日(金曜日)で、昨日の11月23日(木曜日)は「勤労感謝の日」で祝日で、明日は土曜日なので、もし休みをとれば連休になり、ゆっくり休めることになる。「休日にはさまれた平日」、これが「橋の日」の意味である。

 私がこの言葉に出会ったのは数年前の新聞で、「今日は橋の日なので、商店街が活気に満ちている」というような記事だった。意味を調べたが、辞書(独和大辞典、第2版)には載っていない。インターネットで検索したところ、ドイツ語版のウィキペディアにしっかり"Brückentag(ブリュッケンターク)"が載っていた。面白いのが、ページ左側にある「他言語版」というリンクで、「日本語」もあったのでクリックしてみたところ、「飛石連休」にジャンプした。なお、つい先ほど、ドイツ語上級への道にも説明があり、「橋かけの日」と訳していることを知った。

 日本の「飛び石」という言葉は、休みが点々と1日置きに続くことで、休日にポイントがある。一方、ドイツの「橋の日」は、平日にポイントがある呼び方である。この背景には、「平日に休みを取るかどうか」と、「日曜日に商店街が開いているか」の違いがある。「橋の日」に関する新聞記事は、「橋の日のため、都心の駐車場が一杯になった」(ドルトムント)とか、都心にあるファッション店へ「橋の日で多くの客がつめかけ、一時的に入店を制限した」(エッセン、2013年5月)などがある。日本と違い、ドイツでは店舗は原則として日曜日には営業が許されない。だから、休みをとればゆっくり買い物ができる「橋の日」は、確かに都心に出かけるのに適した日だと言えるだろう。

 ドイツには、曜日で決まっている祝日もある。「キリスト昇天祭」は復活祭から40日後の木曜日なので、毎年のように翌日が「橋の日」になる。一方、日本の「飛び石連休」は、ウィキペディアの説明にあるように、5月3日の「憲法記念日」、5月5日の「こどもの日」に、さらに5月1日か5月7日が休日になる場合のことを表現する言葉だった。現在は5月4日も休日になっているので、次第に聞かれなくなる言葉であろう。一方、ドイツでは、日本のように祝日を追加しようという政党は見あたらず、国民は有給休暇を利用してバカンスに出かけている。だから、平日に休みを取って都心に買い物に行く「橋の日」という言葉は、今後もなくならないだろう。

 「橋の日」は都心での買物、「飛び石連休」はバカンスに重点がある言葉である。この文化の違いを考えると、ウィキペディアで「他言語版」というリンクでつながれている現状には、疑問も感じられる次第である。

| 中心市街地や近隣供給 | 14:22 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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テロ対策でクリスマスの期間はトランジットモールを休止

 まもなく、ドイツで商店街が多数の人であふれるクリスマスの時期がやって来る。昨年の12月19日に生じた、ベルリンのクリスマス市場に大型トラックが突っ込み、12人が死亡した事件は、まだ記憶に新しい。その後も、バルセロナやニューヨークで、似た事件が起きている。このようなイスラム過激派によるテロの影響で、クリスマス時期の商店街の姿が、少し変化してきている。そして、都心にバスを通すトランジットモールがあるボーフムでは、テロ対策として、都心を通るバスの路線を変更し、トランジットモールを休止することになった。

ボーフムのトランジットモールであるボンガルト通りのバス停に停車しているバス。(2006年撮影)
 トランジットモールは、「公共交通だけを通す歩行者空間」である。ドイツの大都市では、公共交通は地下に移し、地上は全面的に歩行者空間にするケースが多い。このため、よもやま通信6都市のうち、都心にトランジットモールがあるのはボーフムだけである。ボーフムの場合も、都心の地下を南北に2本、東西も2本の地下鉄(LRT)が通過している。だから、トランジットモールを走るのはバスだけだが、1日に330本と本数が多く、トランジットモールは「市民にとって重要な交通幹線」となっている。

 実は、以前はLRTがこのボンガルト通りを走っていた。しかし、都心に豊かな空間を造るため、LRTは地下に移し、地上にバスが走るトランジットモールを整備することとなった。地下にトンネルを掘り、その後に地上を整備する工事に計9年間を要し、2006年秋に現在の都心空間が完成した。中央にある狭めの車道を通るのはバスだけで、両側には広い歩道が市民に提供されている。それ以来、1日として、バスがここを通らなかった日はない。

 昨年のクリスマスは、警備を強化し、警官が機関銃を手に巡回し、テロに備えた。しかし、考えてみると、トランジットモールは、トラックによるテロに弱い。そこで、今年は「どうすれば侵入を止められるのか」が検討されたが、すぐ実施できる効果的方法を見出せない。そこで、公共交通を含め、全ての車両の通行を禁止することになった。しかし、テロの可能性があるのはクリスマス期間に限らない。今後、ボンガルト通りはどうなるのだろうか。

 私は、費用はかかるだろうが、ライプチヒ都心にある「バスの運転席から上下できるポール」を採用する方法はある、と思う。ライプチヒ都心のニコライ通りでは、一般車は駅からブリュール通りまでしか入れず、その南側はバスと歩行者だけのトランジットモールになる。面白いのは、バスがトランジットモールに入る方法で、運転席でボタンを押し、ポールを下げるのである。頑丈なポールが必要だろうが、この方法ならバス以外を確実に締め出すことができるのではないだろうか。

| 中心市街地や近隣供給 | 22:42 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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デュイスブルク市内を走り始めた移動銀行車

 先月から、デュイスブルク市を、写真のような真っ赤な車が走り回っている。もちろん、走っている時間よりも、駐車して顧客にサービスしている時間の方が長い - この車は、近くに銀行がなくて困っている「銀行難民」を対象とする移動銀行窓口車である。駐車する場所は、市南部の3箇所と北部の3箇所で、週に各2回、1時間ずつである。

 日本にも、「買い物難民」ならぬ「銀行難民」を対象とする移動銀行窓口車を有す銀行があるそうだが、走っているのは主に過疎地である。一方、私が観察している「よもやま通信6都市」はルール大都市圏の中心部である。そこに「移動銀行車」が登場したことには、少し違和感も感じられる。そこで、事情を探ってみた。

9月から走り出した真っ赤な貯蓄銀行バス。後ろ側がATMで、前の入口から入ると小さい相談室があり、印字機もある。(デュイスブルク貯蓄銀行ホームページより)
 このバスを運営しているのは、デュイスブルク貯蓄銀行である。ドイツでは、ほとんどの都市に貯蓄銀行がある。庶民の金融機関として活躍しており、日本の「郵便局」のような存在になっている。市の子会社だが、他市の貯蓄銀行とネットワークを形成している。ルール地方があるノルトライン・ヴェストファーレン州の連合体は、現在、職員研修のためのアカデミーをドルトムントに建設中である。

 デュイスブルク市は人口49万人、面積が233平方キロの大都市である。住民に身近な存在である貯蓄銀行は、そこに42店舗と、きめ細かいネットワークを整備していた。しかし、2年半前に、店舗を半減する計画を発表した。デュイスブルクは7つの区で構成されているので、まず各区に1つ、計7つの旗艦店を置く。そして、相談できる銀行職員を揃えた店舗を13箇所整備し、計20店の体制にする、という計画である。

 計画の背後にあるのは、顧客行動の変化と、銀行を取りまく厳しい状況(とくに世界的な低金利)である。顧客行動を変えた最大の要因は「デジタル化」で、オンラインバンキングの普及により、顧客の2人に1人は、年間に1回以下しか店舗を訪問しなくなっているそうだ。この状況に対応して、店舗数を絞り、その代わりに多くの相談室を備えた店舗での投資や融資の相談を充実させる、という計画である。貯蓄銀行も、存続のためには競争力を維持しなければならないと、慎重に計画されたそうである。

 この結果、市の南部と北部では、店舗がなくなる地区が出てくる。そこで「移動銀行車」の登場となった。実は、デュイスブルク貯蓄銀行は1960年代にも「移動銀行車」を使用していたが、当時は「店舗拡張期」で、店舗を建設するまでの暫定措置的なもので、車もバスを改造したものだった。しかし、今回は過渡的な措置ではない。車も、デジタル化の進展で、高度な機能を備えた専用車になっている。

 移動銀行車は、とくに高齢者に歓迎されている。運転してきた銀行員が使用方法を説明することも、少なくない。デジタル化の時代において高齢者をどうサポートするかは、日本でも大きな課題である。

| 中心市街地や近隣供給 | 17:35 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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デュイスブルク市民は住民投票でアウトレット進出を拒否

 先週日曜日の9月24日に、このブログでも予告していたアウトレット建設をめぐるデュイスブルクの住民投票が実施され、僅差でアウトレットセンターの進出が拒否された。デュイスブルク市議会のアウトレットセンターに賛成する基本決定を廃止して手続きを停止すべきかという質問に対し、「はい」が51.1%、「いいえ」が48.9%、という最終結果である。有権者の59.9%にあたる22万人近くの市民が投票し、差は4,683票という接戦だった。

 投票率の高さは、住民投票が連邦議会選挙と同日投票になったためでもある。連邦議会選挙という、最も多数の市民が投票に参加する機会を利用することは、市民に決定を委ねるという住民投票の趣旨に合致する上、投票のための費用も節約できる。デュイスブルクでは、同時に市長選挙も行われたため、「トリプル選挙」となり、市民の関心を高める効果があった。投票日に、たまたまデュイスブルク市内各地を視察して回っていた私は、多くの市民が投票所へと来る姿を見ることができた。

中心商店街にある都心ショッピングセンターの入口に大きく掲げられた、「はい」への投票を宣伝する緑色のパネル。投票日に都心は買物日曜日で、多数の市民がぶらつき、オープンカフェでくつろぐ姿も見られた。(投票当日に撮影)
 当初、私はこのような結果になるとは予想していなかった。これまでに成功した住民投票は、公共施設の建設を止めて費用を節減することを求めるものが中心であった。今回の投票は大型店進出をめぐるもので、店舗が増えることは一般消費者にとってはプラスなので、進出を歓迎する市民が多いはずだと思っていた。大抵の日本人も、同じように感じることだろう。進出するのが一般の大型店ではなくアウトレット店であることも、都心への悪影響を少なくする効果を有するはずである。それでも都心の衰退を心配し、進出を止めたデュイスブルク市民が多数を占めたことに敬意を表し、都心商業のために喜びたいと思う。

 選挙が近づいてくると、新聞社が結果を予想する電話調査を行った。それによると、態度を決めている者のうちでは進出反対の方が多いという結果が得られた。このためか、最後の段階では、用地を所有するクリーガーもデュイスブルクに乗り込んで宣伝に努めた。ただ、私はクリーガー側の戦略にも問題があったと思う。当初、クリーガー側は、デュイスブルク市の職場が増え、周辺から買い物に来る客も増えて市が発展することを宣伝していた。しかし、そのうちに、もし住民投票で敗れた場合、中央駅そばの貨物駅跡地は空き地のままになるという脅しも行うようになった。クリーガーは家具店で、もともとここに家具店を建設するとして連邦鉄道から用地を取得した。しかし、南に隣接する州都デュッセルドルフに進出できることになって方針を転換し、デュイスブルクを空き地のまま放置していた訳なので、この脅しは逆にクリーガーは勝手だと思わせた可能性もある。

 ところで、今回の住民投票はトリプル選挙として行われたが、各党や市長候補者は、アウトレット進出への賛否を示していた。その結果を比較すると、住民投票が市民の意思を生かす決定方法として長所を有していることがわかる。アウトレット進出の方針は、市議会第一党の社会民主党(SPD )と、第二党のキリスト教民主同盟(CDU)の賛成によって可決されたものである。今回、同時に行われた連邦議会選挙で、候補者に投票する第一票、政党に投票する第二票とも、デュイスブルク市ではSPDが最も多数の票を獲得し、次がCDUだった。そして、両党の合計は、第一票で64.3%、政党に投票する第二票でも57.0%と過半数を超えた。市長選では、アウトレット賛成を表明したのは現市長でSPDのリンクだけだったが、彼は56.9%を獲得して再選された。CDUは緑の党や市民リストなどと共同で候補を立て、その候補はアウトレット反対を表明したが、25.7%を獲得するにとどまった。

 この結果は、政党や市長候補者への投票と、特定の重要問題への投票は別で、住民投票にそれなりの効果があることを示している。もちろん、市長選で、リンク候補は「アウトレットについては投票結果を尊重する」と明言していた。だから、アウトレットに反対している市民も、安心してリンクに投票できたはずである。今回の投票結果は、住民投票という直接民主制と、市議会と市長という代表民主制の関係を考える上で、興味あるデータを提供していると言えるだろう。

| 中心市街地や近隣供給 | 08:10 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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アウトレット建設をめぐりデュイスブルクで秋に住民投票

 今年の秋には、ドイツ連邦議会の選挙が9月24日に行われる。デュイスブルクでは、その日に、2月に行われた市議会決定の可否を巡る住民投票が、同時に行われることが決まった。これまでも、ルール地方における住民投票を何回が紹介してきたが、今回のように商業施設を対象とする投票は初めてである。これまでにブログで紹介した住民投票は、次の3件である。

ケーニッヒ通りを歩いて市役所へ署名提出に向かうイニシアティブ代表。(Der Westen紙より)
 3件とも公共施設の建設を巡るもので、全て「建設しない」ことを求めた住民側の勝利で終わっている。グラートベックでは交通公害が主な争点だったが、エッセンとオーバーハウゼンの場合は、市財政との関係が争点となった。しかし、今回のアウトレット建設をめぐる投票は、民間商業施設の建設が争点となっており、市財政への直接的な影響はない。この点で、これまでに紹介した住民投票と、かなり性格が異なる。

 計画されたアウトレットは、デザイナーズ・アウトレットセンターとされている。今年1月の時点で、売り場面積は約3万平米、店舗数は140~175と発表されている。この売り場面積と店舗数はドイツ最大だそうで、計画どおりなら、ドイツ最大のブランド商品を販売する店舗群ができることになる。このため、周辺市からは、すでに反対の声が出されている。

 公共施設の建設と異なり、アウトレット建設反対を求めた住民イニシアティブ側が今回の投票で勝利することは、かなり難しいように感じられる。アウトレットが建設され、店舗が増加することは、一般市民にとっては「好ましい」と受け止められる可能性が高い。住民イニシアティブの中心を構成するのは、都心商業者である。アウトレット建設によって都心の売上げが奪われ、その結果として空き店舗が増加し、回り回って買い物の場が減少するということを、市民がどの程度理解して行動するのかが、投票の鍵を握っている。

 もちろん、勝利の可能性もある。今回の住民投票を求める署名活動は、有権者の3%の署名が必要とされた。イニシアティブは、有権者を39万6千人と見積もり、その3%強の1万3千を目ざして署名活動を行った。結果的に2万2500と、目標を1万も超える署名を集めた点からは、イニシアティブの勢いが感じられる。集めた署名のうち、有効な署名がいくつだったのかは公表されていないが、3%をオーバーすることは確実だとして、住民投票の実施が決定された。

 これから投票まで2ヶ月半ある。2大政党のSPD(ドイツ社会民主党)もCDU(キリスト教民主同盟)もアウトレット建設を認めているので、イニシアティブが「風」を期待するのは無理だろう。商店主による草の根の訴えがどこまで市民に浸透するのか、結果が出るのを楽しみにしたい。

 なお、投票にかけられる設問は、回りくどくてわかりにくい。訳すと、次のようになる:「2017年2月1日のデュイスブルク市議会のアウトレットセンターに賛成する基本決定が廃止され、それにより、コロニー通り南の貨物駅用地へのアウトレットセンターのための建設誘導計画とその他の手続き(例:小売り構想の変更)は行わなくてよい、となるべきか。」アウトレットに反対する者は「はい」、誘致に賛成する者は「いいえ」と投票するのだそうである。もう少し分かりやすい設問にしてほしかったと感じる市民が、多くいるのではないだろうか。

| 中心市街地や近隣供給 | 14:12 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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