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オーバーハウゼンの人気者パウルよ、永遠に

「シーライフは死んだタコのパウルに記念碑を計画している」、ワールドカップ予言で世界的に有名になったタコ「パウル」の死亡が、今日のオーバーハウゼンのニュースで、こういう見出しで大々的に取りあげられていた。「パウル、君に感謝する」と、解説まである。記事によると、パウルは夜の間に、平穏に死んだそうである。これを受け、シーライフ水族館は半旗をかかげ、水族館の職員は喪章をつけているそうだ。さらに、職員のTシャツには、「我々はパウル(Wir sind Paul)」と印刷されている、という話しである。

シーライフ水族館
正面がシーライフ水族館、左が模型鉄道ワールド、右がマリーナで、右奥に運河への出口が見える。(2009年)
今後、パウルは火葬され、骨壺に入れられる。そして、その壺が、小さいパウル記念碑と共に、水族館内に展示される予定である。

有名な予言ダコのパウルは死んだが、すでに二代目のパウルが準備されていて、来週、お披露目が行われることになっている。だから、パウルは「永遠」なのである。

パウルは、日本の試合を占ったわけではない。しかし、パウルが住んだ水族館のある場所(上の地図で、オーバーハウゼンの「ゼ」の濁点か、「ハ」の右下あたり)は、日本に深い関係がある。ここは、日清戦争の賠償金で建設された北九州の官営製鉄所(後の新日鉄八幡製鉄所)に始まる日本近代製鉄にとって、「忘れられない重要な場所」なのである。

シーライフ水族館は、大規模ショッピングセンター「ツェントロ」を中心とするオーバーハウゼンの新都心「ノイエ・ミッテ」の北端にある。この一帯は、かつてグーテホフヌンクスヒュッテ(GHH)社の製鉄所であった。八幡村(現・北九州市八幡東区)で1901年に火入れが行われた東田第一高炉の設計を行い、旧八幡製鉄所で「溶鉱炉の神様」と呼ばれた田中熊吉を、研修のため1912年に受け入れたのが、このGHH社である。2002年に、NHKの「世界・わが心の旅」で、かつて八幡製鉄に勤務し、田中熊吉にインタビューしたことがある作家・佐木隆三氏が、オーバーハウゼンを訪問する旅も放映されている。

当時、日本の製鉄は、世界からかなり遅れていた。挽回するため、欧米の最先端技術を導入した官営製鉄所の操業には、多くの苦労があった。田中熊吉のGHH社派遣は、銑鉄を出した後に口を塞ぐ材料が高価なシャモットでなくボタと粘土を混ぜたものであることを突きとめたり、親しくなったドイツ人同僚を通じて開削機と閉塞機の設計図を借り、図学を学んで模写するなど、その後の日本製鉄の発展に大いに貢献した。だから、パウルがいた場所は、いわば「田中熊吉がドイツの製鉄技術を盗んできた場所」である。

シーライフ水族館は、製鉄所用地の北端、ライン・ヘルネ運河のそばにある。この運河は1914年に完成しているので、田中熊吉が派遣された時は建設中であった。おそらく、田中熊吉も工事中の運河を見る機会があったのではないだろうか。

日本の製鉄も、パウルと同じく永遠に続いてほしい、そう思った。
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| 町の話題いろいろ | 16:44 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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アウトバーンのインターチェンジ密度は日本の2~5倍

日本の高速道路が有料なのに対し、ドイツのアウトバーンは無料であることは広く知られているが、その重要な原因がインターチェンジの作り方と密度にあることを知っている人は、少ない。

まず前者である。料金徴収所が設置されている日本の場合、入口には入口用、出口には出口用の料金徴収施設が置かれている。そこで、入る車と出る車を別経路で扱うために「上り線の入口と、下り線の入口」のルートと、「上り線の出口と、下り線の出口」のルートが設置され、インターチェンジの構造が複雑になり、かなりの面積を要する。

一方、ドイツでは、「上り線の入口と上り線の出口」と「下り線の入口と下り線の出口」がまとめられているだけが普通である。この結果、インターチェンジの構造が簡単になり、狭くて済む。もちろん、無料だから可能な芸当である。有料化のための料金徴収所は、面積があれば設置できるだろうが、このまま設置すると出入りの車が錯綜し、面倒なことになりそうである。そして、日本のような構造にするには、数倍の面積が必要になる。

現在では、人工衛星によるGPSを活用して距離を計算し、料金を徴収することが可能になっており、現に大型トラックではこの方法が2005年に採用された。しかし、アウトバーンの有料化が提起された1954年当時は料金徴収所が不可欠だったので、有料化が断念され、代わりにガソリン等の自動車燃料への税金の値上げ幅が拡大されたという事情は、納得できる。

有料化の障害となったもうひとつの問題が、インターチェンジの密度である。たしかに、アウトバーンのインターチェンジは多く、これではインターチェンジに料金徴収所を設置する費用が膨大になる。そこで、ルール地方について、インターチェンジの密度を計算してみたところ、「日本の2~5倍」という結果になった。計算したのは、「ルール高速道路」とも呼ばれているアウトバーン40号線と、国土幹線でもあるアウトバーン2号線で、前者が4~5倍、後者が2倍強になった。なお、ジャンクションを含めて比較しているが、サービスエリアは除外している。

まず40号線だが、1日に約10万台の車が利用しているアウトバーンで、ルール2010で「静かな生活」の対象に選ばれたことからもわかるように、ルール地方を東西に結ぶ交通の大動脈である。この結果、渋滞が慢性化していて、「ルール地方で最も長い駐車場」というあだ名がある。渋滞が慢性化している原因は、交通量が多いことと、ルール地方のなかでも人口稠密地域を走るためにインターチェンジが多い点にある。デュイスブルクからドルトムントを通過しているが、ドルトムントに入るとアウトバーンから「連邦道路1号線」に変化するので、デュイスブルクからボーフムまでを調べた。インターチェンジとして番号が付けられている数は、デュイスブルクが5ヶ所、ミュルハイム6ヶ所、エッセン8ヶ所、そしてボーフムは最も多い11ヶ所で、計30ヶ所になる(この他に、ミニインターチェンジのような場所が数ヶ所あった)。この間の距離を電子地図で測定したところ50.4kmなので、平均1.7キロ間隔でインターチェンジがあることになる。

アウトバーン2号線については、南北幹線の3号線から分かれるオーバーハウゼン北部からドルトムントまでを対象にした。インターチェンジとして番号が付けられている数は、オーバーハウゼンが2ヶ所、ボトロップが1ヶ所、グラートベックが2ヶ所、ゲルゼンキルヘンが2ヶ所、区間が2.4キロしかないヘルテンにはなく、レックリングハウゼンが3ヶ所、カストロプ・ラウクセルが2ヶ所、そしてドルトムントが2ヶ所で、計14ヶ所と少ない。距離は52.9キロなので、14で割ると、3.8キロ間隔になる。なお、同じ番号で出入り口が2ヶ所あるところも2つほどあり、16で割ると3.3キロになる。国土幹線とルール高速道路という性格の違いが、インターチェンジの間隔にも反映していることがわかる。

一方の日本だが、まず延長346.7キロの東名高速道路を見てみた。番号がついている当初のインターチェンジは24ヶ所で、現在はスマートインターチェンジを含めて36ヶ所程度になっており、近く開設予定のインターチェンジもいくつかある。そこで40ヶ所として計算すると、インターチェンジ間隔は平均8.7キロで、45ヶ所でも7.7キロになる。東北自動車道の東京から福島まで計算してみたが、やはり7~8キロ間隔になった。

以上の作業の結論が、「ドイツのアウトバーンのインターチェンジ密度は、日本の2~5倍」である。もっとも、ドイツはルール地方しか調べていないので、もう少しインターチェンジ密度が低い区間もあるかもしれないが、日本より多いことは確かである。

| アウトバーンや交通規制 | 17:52 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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秋にようやく凍害の補修工事

今週、ドルトムントの西を南北に走るアウトバーンA45号線からドルトムント都心へ通じる4車線の幹線道路で、ようやく補修工事が始まる。

昨年の冬、ドイツ各地はまれに見る凍害に見舞われた。道路に多数の穴が開き、手間と費用が大変なため補修になかなか手がまわらず、「最高速度の制限を厳しくする」ことで事故の予防を行う路線まで出てきた。このルートもその一つである。以前の100キロ制限が60キロにされ、3月には制限速度を超える600台の車が証拠写真を撮影された。しかし、罰金を支払うことは求められなかった:60キロ標識の手前にあった100キロの標識にカバーをかけていたのだが、誰かがカバーを外していたため:なんとも締まらない話しである。

60キロ制限は、まだいい方かもしれない。ドルトムント市の東北部にある道路について、この7月に、「本来の70キロ制限が30キロになり、利用者の怒りを呼んでいる」という記事が出ていた。その記事によると、補修には優先順位があり、「まずアウトバーン、次が連邦道路で、郡や市の道路はその後」だそうである。今週から補修が始まるという道路は郡道で、7月に記事になった道路も同じ郡道なので、そろそろ補修されているかもしれない。

日本だったら、夏が過ぎても冬季の損傷がまだ補修されていないというのは考えられない。補修が遅れている最大の原因は財源不足のようだが、「ドイツ人は忍耐強い」、ということかもしれない。

| 自転車や歩道・舗装 | 15:35 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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