2012年08月 | ARCHIVE-SELECT | 2012年10月

| PAGE-SELECT |

≫ EDIT

ルフトハンザのストライキ遭遇・体験記

 先月の末から、8月31日(金)、9月4日(火)、そして9月7日(金)と、ルフトハンザで断続的にストライキが行われている。このうち、ドイツから日本へ向かう便が飛ばなかったのは9月4日だけだそうだが、その便で帰国を予定していた私は、ストに巻き込まれた。だから、10日前にフランクフルトで経験したことは珍しいことのようなので、ここに紹介したい。

 ルフトハンザの乗員組合がストを計画していることは、数日前からテレビのニュースで知っていた。最悪の場合、帰国が1~2日遅れるかもしれない。それで、ホテルに泊まるようになった際に読もうと思い、前日に本を1冊購入し、ストが行われないように願って寝た。しかし、翌朝テレビをつけると、フランクフルト空港のスト光景が流れていた。報道によると、ストは「近距離、中距離が中心」で、鉄道が増発を行い、航空券でそのまま乗車できる。なお、遠距離便にも欠航するものがある。日本便は多分大丈夫だろうと思ったが、念のため、フランクフルトの町に寄らずに、カールスルーエからフランクフルト空港へ直行することにした。

 空港に到着したのは9時過ぎで、ボードには13時50分発の成田便はまだ示されていなかった。係員に、飛ぶかどうかがわかる方法を聞くと、「自動チェックイン手続きを行えばわかる」と言われたので、やってみた。すると、チェックインできず、ストの対象となったことがわかった。周囲を見回すと、長い列ができている。そこで、列の後尾に並んだ。少しして、列の行き先を見ると、「EU」と書かれているのに気づいた。ここはEU向けの便だけかも知れないと思って聞くと、やはりそうらしい。係員に聞くと、遠距離の人は上の階に行くように言われたので、上階へと向かった。おそらく10時前だったと思う。

左奥にある離陸を知らせるボードの裏側で、6時間を過ごすこととなった。(この写真は2013年撮影)
 上階でも列に並んで整理券をもらった後、仮待合室のような場所で順番を待った。番号はビジネスとエコノミーで区別され、エコノミーの番号は300番あたりから始まっているようで、私は477番だった。複数の窓口で対応されており、順番になると、何番の窓口に行くのかが示されるシステムである。順番が回ってきたのは午後4時頃だったので、6時間ほど待たされたことになる。ビジネスクラスの客を優先しているらしいこともあったが、各人の希望を聞き、場合によってはホテル宿泊券を出すなどしているようで、結構時間がかかる作業ではある。

 この6時間の過ごし方でポイントとなったのは、椅子に座れたこと、隣りに日本へ向かう人がいたこと、そして前日に本を買っていたことである。すぐに椅子に座れたわけではないが、順番が来て窓口へ向かう人の席が空くので、そこに座った。なお、午前中は立っている人も少しいたが、午後にはほぼ全員が座れた。私が座った席の隣には関西空港へ向かう人がおり、話しかけられた。彼は、ルフトハンザが提供した小さいスナックの袋を、私の分まで持ってきてくれたりもした。

 当初は他に日本人は見あたらず、昼頃になってチラホラ来たが、合計しても10名程度と少なかった。関西空港、中部空港へ向かう便もストに見舞われたので、足止めされた日本人は100人以上いたはずだが、他の人はどうしたのだろうか。帰国後になり、朝の8時台にルフトハンザからメールでストの連絡があり、さらに11時台にはルフトハンザ コールセンターに電話をして代替便を手配するよう呼びかけがあったことを知った。この連絡を受け、空港まで来ないで手配した方もいたのだろう。

 私は、6時間の多くを本を読んで過ごしたが、とにかく待ち長かった。途中でボードを見に行ったが、キャンセルされた便が復活することはなく、出発予定時刻を過ぎると、キャンセルされたという表示も出なくなった。「食事」と言うには貧弱だろうが、昼過ぎにはパンと飲み物が提供された。トイレは近くにはなく、下の階に降りて探さねばならなかった。

 そして、ようやく私の順番が来た。「今日中に乗れるのは"JAL"しかない」と言われ、変更してもらった。夜9時の出発なので、まだ5時間近くあったと思うが、フランクフルトの町まで出かける元気は残っておらず、直ちに第二ターミナルに向かい、結局この日はフランクフルト空港で12時間を過ごすこととなった。JAL国際便に乗るのは実に久しぶりで、日本人が日本語で対応してくれるので、チェックインの時から帰国したような気分になれた。また、航空機内で提供される映画や音楽も、日本人好みの選択が広くなっていた。

 今回はストライキに巻き込まれたが、7時間遅れで済んだのは、不幸中の幸いだった。帰国後にバタバタと忙しくなったが、ルール地方を見て回るという主目的はすでに達成していたので、実質的なマイナスはほとんどなかった。同じ機体を使用する9月5日(水)の成田発フランクフルト便も欠航になったはずなので、そちらを予約していた人は、かなり大変だったことと思う。

 ところで、1年以上前に始まったというルフトハンザの紛争は調停手続きに入ったそうだが、いつまで続くのだろうか。次にいつドイツに行けるかわからないが、もし紛争が解決していなかったら、こんどはJALやANAに乗ってみるのもいいかもしれない。ただ、日本出発時刻が遅くなり、夜にならないとルール地方に到着できないのが難点である。
スポンサーサイト

| 公共交通 | 15:45 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

ドルトムントで事故にあった選手がパラリンピックで銀メダル

 2週間前に「増大する自転車事故 - パラリンピックのメダル候補も」で紹介したドイツのハンス・ペーター・ドゥルスト選手(54歳)が、自転車のロードレースに出場し、見事に銀メダルを獲得した。パラリンピック開催の数日前になり、医師からも出場許可が出て、退院できたそうだ。おそらく、負傷したのが右手の腕(3ヶ所ほど骨折)と、左手の親指(粉砕骨折)で、足は負傷しなかったのが幸いしたものと思われる。なお、自転車競技は何種類にも分かれていて、ドゥルスト選手が出場した距離7.6キロのレースには、日本人選手は出場していない。

フェニックス湖北岸の自転車道と歩道(2012年)
 右の写真は、フェニックス湖を周回する自転車道の、事故があった北岸部分を撮影したものである。幅は3メートル近くあり、照明も整備されている。湖に近い右側に見えるのは、歩道である。写真には、自転車道に、向こうへ向かう自転車2台と、こちらへ来るローラースケート1名が写っており、確かに方向とスピードがいろいろ混在している。おそらく、ドゥルスト選手はかなりのスピードで走っていたものと思われる。

 一方通行にしたとしても、いろんなスピードのものが混在している点は変わらないので、「絶対に安全」とは言えないだろう。逆に、安心して注意が疎かになると、危険が増える。どのような対策が打ち出されるのか(あるいは打ち出されないのか)、関心をもって状況を見まもりたいと思っている。

| 自転車や歩道・舗装 | 18:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

| PAGE-SELECT |