2013年08月 | ARCHIVE-SELECT | 2013年10月

| PAGE-SELECT |

≫ EDIT

ところ変われば「自転車のブレーキ」も変わる

 先月のドイツ旅行では、ドイツで初めてサイクリングを楽しんだ。と同時に、「ところ変われば品変わる」を実感した。とくに驚いたのが、ブレーキの違いである。

ドイツでサイクリングに使った自転車。スタンドがペダルのそばに、ダイナモが後輪にあることはわかるが、ブレーキの違いはほとんどわからない。背後に見えるのはレストラン。
 私はドイツに留学した経験があるが、もっぱら公共交通を利用し、自転車を利用したことはなかった。今回、その留学当時からの知り合いに会う機会があり、サイクリングに誘われた。鉄道の廃線跡に自転車道路が完成したので、住宅等に転用して利用されているかつての工場を自転車で見て回ろう、という趣向である。これらの建物は町の歴史にも重要で、記念建築物とされていて、むやみに取り壊すことはできない。なお、見て回ったのはルール地方ではなく、デュイスブルクから南西に20キロほど離れた町である。

 まず、サドル高さの調節である。私は日本人としては普通の体格だが、ドイツ人よりかなり小柄なので、ドイツ人向けに調節されている自転車に乗ると足がつかない。そこで、そのお宅にあるサドルが最も低そうな自転車を引っ張り出し、高さを最低にしてもらい、何とか足がつくようになった。ブレーキは左右のハンドルについていたので、日本と同じだろうと思っていたら、左右が逆、つまり右のブレーキが後輪、左のブレーキが前輪だそうである。

 そこで、練習である。ブレーキは左右逆に加え、後輪のブレーキも前輪と同程度の効きしかない。ドイツの自転車はブレーキが弱いので、余りスピードを出さない方がいいだろうと思って試していたら、自転車にも私の心が読めたのか、そのうちに強いブレーキがかかった。不思議に思っていたら、「ペダルを逆転させてもブレーキがかかる」のだと教わった。たしかに、少しタイムラグがあるが、ペダルを逆転すると、日本の後輪ブレーキよりも強くブレーキがかかる。日本では、下り坂などでペダルを逆転してみたりしていたが、この自転車でスピードが出ている時にそんなことをしたら、急ブレーキがかかって危険である。

 いよいよサイクリングへ出発である。私は、とにかく「ペダルを逆転させない」ように心がけ、急ブレーキをかけずに数時間のサイクリングを終えることができた。なお、ドイツにも、左右のハンドルのところのブレーキだけの自転車もあるそうだ。帰国後に、ペダルを逆転するブレーキは「コースターブレーキ」と呼ばれ、日本でも非常に希だがあるらしいと知った。

 最近のドイツ、とくにルール地方では、レンタサイクルの普及に取り組まれており、町の各所にステーションがある。登録が必要なので利用を考えたことはなかったが、今回の経験から、外国で自転車を利用する場合には、事前に一定の知識が必要だと痛感した。ブレーキは慣れの問題だろうが、それよりも重要なのは「体格」である。みなさんも、大きすぎる自転車に乗って事故を起こすことがないよう、注意していただきたい。
スポンサーサイト

| 自転車や歩道・舗装 | 00:02 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

この夏に最も注目されたロマが居住する問題ハウス

 この夏もいろいろなニュースが流れたが、まちづくりに関連して最も多く流れたのは、デュイスブルク西部のある7階建て住宅に関するものである。その住宅は、1年ほど前からマスコミで「問題ハウス」と呼ばれていた。そこで、問題ハウスがどのようにして生まれ、なぜこの夏に注目されたのかを、説明したい。

北側道路から問題ハウスを見る。バルコニーには洗濯物などが置かれ、花が飾られるドイツ人のアパートとは確かに文化が異なる。(2013年)
 話しは、2007年にルーマニアとブルガリアが欧州連合に加盟したところから始まる。人の移動が自由化され、貧困な暮らしを余儀なくされていた少数民族のロマ族が、ドイツに流入し始めることとなった。人口減少のため住宅に余裕があり、家賃も高くないルール地方は、流入先として魅力的だったようだ。こうして、ドルトムント、エッセン、そしてデュイスブルクといった大規模な都市の、中心から少し離れた住宅地に、次第にロマ族の姿が増えていった。

 デュイスブルクでは、都心から南に2キロほど離れたホホフェルトが、集積する場所となった。ところが、そこからライン川を隔てたラインハウゼン地区にある7階建ての住宅に、急に飛び火したのである。ラインハウゼンの住宅は中低層が主体で、7階建ては珍しい。家主はクロアチア人で、2012年に2つの住戸に大家族のロマ人が入居した後に、次第に建物の全体に拡大していった。家主の説明によると、「まじめなカップルとして2人で住宅を求めておいて、数日後に10人が追加でやって来る」のだそうだ。2012年の年末に、家主は「ロマを追い出す」と話したが、実行されなかった。もし実行されていた場合も、問題が別の形が変わっただけだろう。

 ロマの入居後、まず報道されたのが、ごみ問題である。ドイツ人と違い、住宅の周囲にごみが山のように出され、騒音も問題となった。さらに、ロマによる犯罪の捜査が行われる場合、ここも対象に含まれるようになった。その後、右翼がデモを行ったり、欧州連合の政治家が視察に来たりと、とくかくよく目立つ。そしてこの8月に、フェイスブックに、問題ハウスが「最終的に静まる」ように火をつける呼びかけが掲載された。この呼びかけが市民団体によって「殺人のアピールだ」と問題にされ、逆に注目を拡大させることとなった。問題ハウスの住民は子どもの安全を心配し、警察も夜間パトロールを強化した。

 幸い放火は行われていないが、住民が安心して住める状況にはほど遠い。周辺に住むドイツ人の不安も、大きいことだろう。市が警察に協力を求め、居住者のチェックを行ったところ、一部の報道よりは居住者数が少なかったそうだが、今後も「問題ハウス」に関する報道は続くことだろう。ただ、デュイスブルク市にとって、良かったと思えそうなことがひとつだけはある:それは、流入人口の影響で、実に久しぶりに「人口がわずかに増加」したことである。

| 難民と移民 | 07:37 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

| PAGE-SELECT |