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ますます強力になる爆弾低気圧 - すでに台風並み

 先週、ドイツでは聖霊降臨祭(ペンテコステ)で月曜日の6月9日が祝日となり、レジャーに出かける車で、各地でアウトバーンが渋滞した。ところがその月曜日の夜、とんでもない低気圧がノルトライン・ヴェストファーレン州を西から東へと通過し、激しい暴風雨となった。もちろん、ルール地方も大きな被害を受け、エッセンでは、道路から枝を取り除こうとしていた人が1名死亡している。

 今回の暴風雨で最も大きな影響を受けたのは、デュイスブルクの南に接する州都デュッセルドルフのようだ。日本人が多い都市なので、被害状況を紹介しているブログがあるはずだと探したところ、めぎさんによる「嵐のあとのデュッセルドルフ」という記事を見つけた。多数の写真があるので、被害状況が良く分かる。

嵐の翌朝のデュッセルドルフ(2014/06/10)。上は倒れた街路樹が道路をふさぎ、下は折れた樹木の上半分が中央分離帯に落ちている状況である。
 私も、知人からデュッセルドルフの樹木の惨状を示す写真を送ってもらった。嵐のすさまじさが良くわかるので、右側にその一部を示す。写真の場所は都心近くの住宅地で、デュッセルドルフ都心の象徴ともなっている素敵な都市公園ホフガルテンの少し北東にあたる。

 ドイツでは、風速を時速○○キロと表現するようだ。今回の最も速い記録は、デュッセルドルフ空港の時速145キロである。秒速に換算すると40mになるので、台風並みか、それ以上である。地元で、ハリケーンを意味する"Orkan"と呼ばれているのもうなずける。エッセンでも最高125キロ(秒速35m)に達したそうだ。最高101キロ(秒速28m)のミュルハイムでも、負傷者が15名、緊急電話が千件以上あり、消防は対応に追われた。

 これまで、この地方を襲った最大の暴風雨は、2007年1月のキリルとされていた。エラと名付けられた今回の暴風雨は、それ以上の威力を有していたそうで、各地で多数の樹木が倒された。キリルが来た1月は、樹木に葉がない時期だったが、今回は新緑の少し後で、そこをキリルよりも強い風が襲ったのだから、樹木はひとたまりもなかった。デュッセルドルフでは、6万9千本以上の街路樹のうち、約1万7千本が嵐の犠牲となり、他にも市有林に多数の倒木が生じている。とくに、デュッセルドルフの象徴でもあるホフガルテン公園の被害が大きく、復旧にはかなりの年月が必要だと言われている。

 私がドイツで1年を過ごした約40年前は、「ドイツは日本と違い、雨風が穏やかだ」という印象で、このような嵐は考えられなかった。だから、道路の排水口も日本より一回り小さく、街路では樹木が高く伸びていた。私がドイツで初めて気候災害に出会ったのは2002年で、旅行中の都市で突風のニュースがあった。最近では、毎年のようにルール地方のどこかで集中豪雨があり、私も町を歩いている時に豪雨に出会ったことがある、40年前には考えられなかった土砂降りが数十分続き、驚いた。

 これらは、地球温暖化と関連があるのだろう。日本でも、今年の梅雨は長引きそうだと予測されている。最近は梅雨には集中豪雨がつきものになっているようだが、今年は大した被害がなく過ぎてくれるといいのだが。
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| エネルギー・地球環境 | 15:03 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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公害が40年以上問題とされたスクラップ作業所が遂に移転

 ミュルハイムの都心から、港へ向かって西方向へ2キロほど進むと、ヴェーゼラー通りのスクラップ作業所が見えて来る。このスクラップ作業所からの公害に対し、住民が初めて苦情を文書で提出したのは1971年9月22日と、すでに40年以上も前のことである。その文書は、朝の6:45に始まり、夕方18時まで続く騒音・振動と、大気汚染について訴え、対策を求めていた。住民の中心メンバーであるバウミュラーさんは、「何も変化していない」と失望しつつも反対運動を続け、年に数回は新聞にも取りあげられていた。スクラップ作業所の裏側にある道路に面したバウミュラーさんの自宅は、白い壁に赤味がかった瓦が載せられた素敵な家で、とても公害の被害を受けているようには見えなかった。

ヴェーゼラー通りからスクラップ作業所とその引き込み線を見る。作業所の向こうは住宅地になっている。(2012年)
 しかし、遂にこの作業所にも、移転が見えてきた。初の苦情から41年が経過した2012年の夏にも、移転する建材センターの跡地に移るかもしれないという噂が流れたが、その噂は実現しなかった。今回は、その時の建材センターに隣接する市有地への移転である。市有地を借りて営業していた別のスクラップ業者がミュルハイムでの作業を終了し、完全にデュイスブルクに移ることとなり、市が年始めから業者と極秘に交渉を進めていたそうである。これまで営業していたスクラップ業者への営業許可をそのまま使用できるそうなので、移転はスムーズに進むだろうと予想されている。

 さて、移転先で公害を周囲に及ぼす恐れはないのだろうか。予定地の土地利用計画(Fプラン)を見ると、周囲を含めて工業系地域となっており、住宅は原則として建築できない。しかも、用地の北側は埠頭で、南側には鉄道の引き込み線がある。面積は7haと現在地のほぼ倍なので、業務の拡張も可能だろうと思われる。実は、現在地にシュレッダーの規模拡大が申請されていたが、認められなかった。移転後には認められる可能性がある、ということだ。周囲への公害が問題となりやすいスクラップ作業所だが、リサイクルのためには欠くことのできない業種なので、模範的な移転となることを願いたい。ミュルハイム市内の公害企業のうちでも最も多く報道されてきた企業であり、市の担当者も、移転を非常に喜んでいる。

 同時に、現在地の跡地利用も話題となっている。スクラップ作業所は、土壌汚染を除去することが法的に義務づけられている。ちょうど工業利用と住居利用が接する位置なので、住宅に公害を及ぼさない施設の進出が必要である。周囲には商業施設もあるが、できればより多くの者に働く場を与える生産施設が望まれているようである。

| 居住環境や緑・公害 | 22:16 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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