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ボーフムの公共交通利用が記録を更新 - さらに増加へ

 今月になってボゲストラ(ボーフム市、ゲルゼンキルヘン市(ボーフムとエッセンの北に隣接)、ヘルネ市(ボーフムの北に隣接)と周辺の市町を対象とする公共交通企業)が発表したところでは、昨年のボゲストラの電車、バスの利用は延べ1億4550万人と、初めて1億4千万人を超えた。人口は、ボーフムが約36万人、ゲルゼンキルヘンが約26万人、ヘルネが約15万人で、周辺の市町を加えて約91万人とされているので、市民が年間に一人平均で160回利用したことになる。日本の地方都市では何回なのかデータを持っていないが、160回という数字は、「市民によく利用されている」と評価できるだろう。

ボーフム市南部を走るボゲストラの電車。(2014年撮影)
 ボゲストラは株式会社で、株の約50%をボーフム市、約48%をゲルゼンキルヘン市が所有している。日本と違う点として、完全な独立採算制ではなく、市から補助を受けていることがある。ボゲストラの場合は、運賃収入のほぼ半額にあたる補助がある。補助の金額は年々少しずつ削減されているので、利用客数の記録を更新したボゲストラも、うかうかしているわけにはいかない。

 そこで現在行われているのが、"Family to go"という企画である。これは、まだ定期券を所有していない家族に対し、8月1ヶ月間について無料で定期券を提供し、公共交通の利用を体験してもらうものである。「ボゲストラの便利さを知ってもらい、できれば車の利用から公共交通に転換してほしい」というのがプロジェクトの趣旨であるため、その期間は車を利用してはならない。ただ、どうしても車の利用が必要になる場合も生じる可能性があるので、そのためにカーシェアリングの利用券を提供する。

 応募の締切は、今日、つまり7月22日で、選定されるのはボーフム市1家族、ゲルゼンキルヘン市1家族を含み、全体で3家族である。公共交通が貧弱な日本の地方都市では、ほとんど応募者がいないのではないかという気がするが、市民が年平均160回も利用する都市ではどうなのだろうか。応募状況と、実施した結果がどうなるのか、これからも気をつけて眺めていきたい。
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| 公共交通 | 16:47 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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議会セクハラ野次の背景 - 国会は儀式の場なのか

 6月18日の東京都議会で、「みんなの党Tokyo」の塩村文夏議員が妊娠、出産等の支援体制について質問をしていたところ、複数の男性議員から「自分が早く結婚すればいいんじゃないか」等のヤジが飛び交ったことが発端となり、議会のヤジが話題となっている。私は、この報道を聞いて、「国会はどうなんだろう」と思った。予想どおり、都議会に先立つ4月17日に、衆議院の総務委員会で、同じようなヤジが飛ばされていたことが報道された。

 「国会は」と思ったのは、日本とドイツの議会では審議の質に大きな違いがあることを知っていたからである。今回のヤジは、「女性蔑視の差別的発言」として関心を呼んでいる。しかし、2000年に、ヤジられた松浪健四郎議員がコップの水をまいた事件を思い出すと、決して性差別だけではないとわかる。むしろ、政治を担う議員の品位や質、そして法律や政策を議論する能力に係わる問題だと思える。「議会改革」を求める声も上がっている現在、是非とも検討してほしいと希望し、ドイツとの間にある「議会審議におけるあまりに大きな違い」を紹介したい。

 職業柄、私はドイツと日本の法律を調べることが良くある。条文を読んで理解し、何をどうねらった規定なのか知ることが重要だが、そのための方法は日本とドイツで実に対照的である。
  • 日本:法律の審議が詳しく行われるのは、国会の委員会である。そこで、議論が記録されている委員会の会議録を読む。各政党の議員が、重要と考える部分について質問を行っているので、条文の順序とは一致しないが、とにかく探して読む。調べている条文について質疑が行われていない場合もあり、そうなるとお手上げである。

  • ドイツ:まず、調べようとする法律がドイツ連邦議会で審議のために提案された資料(Bundestag - Drucksache)の番号を調べる。全ての法律につき、当初の提案と、委員会審議の報告と、二種類のDrucksacheがあり、修正案が出されたり、両院協議会に持ち込まれた場合は、さらにDrucksacheが追加される。Drucksacheを調べるだけで、法律改正(制定)の背景と動機、意義、そして各条文の意図と解釈、さらには審議の重点や修正点が全て分かる。議事録を全て読んでも不明確な点が残る日本と比較し、非常に効率的で、同時に体系的に深く理解できる。
ベルリン中心部にある連邦議会。(2002年撮影)
 ドイツ連邦議会Druck- sacheの実例として、日本の都市計画法にあたる建設法典(Baugesetzbuch)が2004年に改正された際の連邦政府提案資料(2003年12月17日)を紹介したい。このDrucksacheは全体で100ページあり、次の構成になっている。なお、p.4と最後の2ページは白紙である
  • p.1と2:法案要綱
  • p.3  :大臣あいさつ
  • p.5~26:提案している改正案(条文)
  • p.27~ :提案理由
     p.27~29:法案全般に関する目標と内容
     p.29~34:主な改正点
     p.34~36:その他の法案全般に関するポイント
     p.36~74:逐条解説
  • p.75~89:連邦参議院による修正案と提案の理由(参議院先議のため)
  • p.90~98:連邦参議院修正案に対する連邦政府の見解(〃)
      連邦政府の見解を眺めると、連邦参議院が提案した修正52点のうち、7点(1、10、12、14、42、46、51)で法案修正に同意し、22点は同意を拒否している。残る23点については、一部を認めたり、内容をくみ取ってこれから検討を行うと約束している。
 日本の場合は、右端に マークをつけた部分しか国会に提出されない。これでは、法案を審議する国会議員は大変である。そこで、衆議院と参議院の事務局に法案を解読する調査室が置かれ、専門の職員が法案を読み、解説書を作成して、議員に提供している。しかし、ドイツと異なる重大なポイントが2つある。一つは、議会の内部資料であり、国民には公開されないことである。もう一つは、法案を提案した内閣が作成したものではないので、責任が不明確なことである。つまり、審議の内容が不適切で問題があったとしても、政府が責任をもって対処することは期待できない。その極端な例がこの税金問題で、このままでは増税が発生してしまうことを見落として法案が作成された。審議では、自民党の税制改正大綱と同じく、今後の税負担は3年後に各般の事情を総合的に勘案して結論を求めたいと答弁され、そういう改正案だと信じて可決されている。

 私も、参考人として参議院に呼ばれた時は、議会調査室が作成した解説資料を事前にいただいた。分量的には、ドイツのDrucksache以上であった。しかし、ドイツのDrucksacheを読み慣れていた立場から言わせていただくと、意外に読み応えがなかった。法案を作成した人が説明のために作成した資料と、それを受け取った側が解読して作成した資料では、「やはり違う」という印象を受けた。

 この違いはどこから生じたのだろうか。問題は、日本の国会審議に、まだ「明治憲法時代の遺物」が残っている点である。日本で、議会に法案要綱と提案改正内容までしか提出されないのは、大日本帝国憲法(明治憲法)の公布から昭和22年3月まで継続した「帝国議会」の時代を引きずっている。明治憲法第5条によると、立法権は天皇に属し、帝国議会はそれに「協賛する」に過ぎない。「協賛」であれば、「中味はそちらで調べなさい」と、説明がないことも理解はできる。

 一方、日本国憲法では、国会は「国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関」である。憲法が改正されると同時に、国会審議に関しても大幅な改革が行われた。しかし、やはり漏れた点もあり、国会に提出する資料では従来の帝国議会の慣習が受け継がれてしまった、と考えられる。

 私は、日本の国会会議録を読んでいて、よく次のような感じを受ける。
  • 「なぜこの条文を提案したのかについて説明を求める」というレベルの質疑が主体で、審議がなかなか深まらない。詳しい説明資料つきで提案されるドイツでは、この種の質問を行うことは「Drucksacheを読んでいません」と認めることになるので、あるはずがない。

  • 一人目に質問に立つ議員はともかく、二人目以降の議員が同じ質問を行うことが少なくない。当然、答弁の内容もほぼ同じになり、審議時間の割りに内容が深まらず、無駄も感じられる。

  • 専門的な知識が必要だと思われる改正点について、「適用の合理化を図る」や「不合理な面を是正する」という説明しかなく、何がどう合理的、あるいは不合理なのか分からないこともある。専門知識を有しているはずの私にわからない点を、説明なしで議員が理解できるとは考えにくいのだが。
 これでは、政治家である議員が、条文を深く理解することは望みにくい。その結果、国会の審議で、内容面よりも、審議時間や公聴会開催などの形式面が重んじられることになるのだろう。こうして審議が「儀式」に近づき、深まりにくい議員の思考の間隙を縫って表面的な「ヤジ」が登場するのではないか、そしてあのような事態に至ったのではないか、と思えてくる。

 私は日本とドイツのことしか知らないが、民主主義や三権分立の発祥の地である欧米では、ドイツ流が主流だろうと考えている。そして、そのドイツでは、連邦議会はもちろん、州議会、そして市町村議会でも、同じように行政から詳しい説明つきで提案が行われている。だから、今回のセクハラ野次はもちろん、政務活動費を初めとする地方議会議員による不祥事の背景にも、同じ構図が潜んでいるはずである。

 国と地方を問わず、議員の任務は、重要な事項を深く考えて決定を行うことである。その議員による軽はずみな行為が各地で問題となっている現状は、構造的な問題があることを暗示している。セクハラ野次が注目されているこの機会に、「議会改革に取り組んでいただきたい」と切望する。

| ドイツと日本と | 15:45 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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