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不動産税大増税でデュイスブルクから転出者が出るか

 このブログが扱っている都市が、市財政をバランスするために苦労していることは、以前も紹介した。現在のクラフト州政権は、財政赤字の早期解消を目指し、アメとムチの政策を進めており、市も「この機会に」と頑張っている。

 「バランスさせる魔法」でもあればいいのだが、結局は「支出を削減する」か、「収入を追加する」、ということに落ち着く。そして、後者の収入追加は、新税の創設か、税率をあげるということになる。増税の対象として良く選ばれるのが、市町村税である営業税(Gewerbesteuer)と不動産税(Grundsteuer B)である。今回、デュイスブルク市が不動産税を大幅に増税したのは、「営業税の税率はすでにドイツ15大都市で最高で、営業税をさらに増税した場合は、企業進出に大きな支障となる」という理由である。もちろん、企業も不動産税を納税しているが、主な対象は一般市民で、企業への影響は営業税よりかなり穏やかである。

 不動産税の課税対象は、土地と建物である。税額の算出は、まず全国的な基準で、不動産の評価である統一価格(Einheitswert)が定められ、同じく国が定める不動産税指数を掛け、不動産税額の基準となる「測定額」が決められる。ここまでは全国一律である。そして、各市町村は、その「測定額」の何倍を課税するかを決定する。この倍率は通例パーセントで表現され、全国平均は350%前後なので、税額は基本額の約3倍半となる。

 デュイスブルクの場合、不動産税は2010年までは500%と、全国平均と極端な差はなかった。しかし、2011年に550%、2012年に595%、2013年に695%と増税が進んだ。そして、今回の2015年は、855%と一気に160ポイントも増税されることになった。決定に際し、社会民主党の代表は、「我々は社会的な困難を避け、デュイスブルクを住む価値のあるように維持したい」、節約リストに反対し、不動産税を増税するのは「最も適切な」解決だ、と説明した。しかし、近年の不動産税増税を振り返ると、多数の市民が増税に怒るのも当然だろう。

 デュイスブルクの予算作成は、「節約か、増税か」のせめぎ合いである。2013年も、プール廃止に反対する市民の署名を受け、スピード違反を摘発する車の購入でつじつまを合わせたが、後に州の指摘で修正を求められたことは、記憶に新しい。2015年の予算作成で、行政は支出削減のため、節約リストを議会に提案した。しかし、議会は節約の代わりに、不動産税の大幅増税を選んだ。

 もちろん、この結果に胸をなで下ろした人も多い。プールや図書館の閉鎖は避けられ、幼稚園の保護者負担増加は中止され、コンサート入場料は現状維持で、路面電車の修理費用も捻出される。しかし、納税者連盟は増税を批判し、ある人がオンラインで増税反対の請願署名を呼びかけたところ、6200名が賛同した。

 デュイスブルク北部にある延べ面積98平米の持家に夫婦で住むフェッテ氏(75歳)は、増税に反対し、市長や市議会に宛て、文書で意見を提出した。しかし、どこからも回答がない。フェッテ氏はこれに非常に腹を立て、家と土地を売却して市を去る決心をしたそうである。増税分の年60ユーロを支払えないわけではない、支払う気になれないのである。

 今回はまだいい、デュイスブルクの問題は今後にある、という指摘もある。現在は「アメとムチの政策」で、州の手厚い補助がある。しかし、この補助はいずれなくなる。その時にどうなるのか、遠く日本から眺めていても、気が気ではない。

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| 市財政や税金問題 | 17:42 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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エッセンの男児名:1位は「マクシミリアン」、「モハメッド」は18位

 昨年末に、「エッセン北部の病院で最も多く生まれた男児はモハメッド」という話題を紹介したが、エッセン市全体に関する2014年の統計がようやくまとまった。それによると、最も多かったのは「マクシミリアン」で66名、その次は「アレクサンダー」の64名、3位は「ノア」で53名だった。そして、北部の病院で1位になった「モハメッド」は23名で、18位だった。

 一方の女児では、エッセン市全体の1位は「マリー」の103名で、病院の1位と同じだった。ちなみに、病院で2位になった「ミア」は53名で、全市3位になっているが、3位の「マヤ」はベストテンに入っていない。全市の2位は「ゾフィー」で102名と、1位との差はわずか1名であった。

 数日前には、ドルトムントとデュイスブルクに関するベストテンも発表されたので、各々1~3位を紹介したい。男児は、ドルトムントでは「アレクサンダー」、「マクシミリアン」、「ルカ」の順で、1位と2位がエッセンと入れ替わっている。デュイスブルクでは1位が「ルカ」で、2位は「ベン」と「エリアス」が同数である。そして、その次に「ムハメッド」が登場する。

 ドルトムントでは30位まで発表されていたが、そこには「モハメッド」や「ムハメッド」は見出せなかった。なお、デュイスブルクについては1年前のベストテンも紹介されていたが、1位は「ベン」、2位は「パウル」で、「モハメッド」や「ムハメッド」は見あたらない。だから、エッセン北部の病院で「モハメッド」が1位になったのは、かなり珍しい出来事だと考えられる。

 一方、女児の名前では、ドルトムントも「マリー」、「ゾフィー」、「ミア」の順で、エッセンと全く同じである。デュイスブルクでは「ゾフィー」、「マリー」、「ミア」と、1位と2位が入れ替わる。エッセンでも「マリー」と「ゾフィー」は1名差なので、女児の名前は市による違いが少ない。

 男児名を眺め、もうひとつ感じたことは、「時代による変化」である。私がドイツに留学したのは40年ほど前で、当時は「ユルゲン」、「ゲオルク」、「アンドレア」、「クラウス」などの名前をよく聞いたものである。しかし、これらの名前は、ベストテンはもちろん、その下を探しても見あたらない。現在のリストには、以前は聞いたことのないような名前も並んでおり、「ドイツ人の名前も、思っていたよりバラエティが多いな」と、見直すことになった。名前の変化は、今後も継続することだろう。

| 町の話題いろいろ | 13:36 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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