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落ち葉の季節 - 福島からルール地方の高齢者を思う

福島駅から南へ向かう通勤ルートにあるケヤキの落葉状況。歩道にいっぱいに広がっている部分もある。
 11月も終わりに近づき、福島では紅葉シーズンも終わり、枯れ木の季節に入りつつある。町の道路には、街路樹からの落ち葉がまだ広がっている。右の写真は、私の通勤ルートの状況を勤労感謝の日に撮影した写真で、大きく育ったケヤキの落ち葉が歩道(兼自転車道)に一杯に広がっている部分がある。この落ち葉は、いつ、誰が清掃するのだろうか。ケヤキは市の所有のはずなので、市が処分するのだろうか、それとも町内会などの清掃活動で処理されるのだろうか。

 ドイツでは、状況が異なる。それは、歩道の清掃が、基本的に「沿道の不動産を所有する者の義務」とされているからである。だから、この時期、立派な街路樹がある道路に住む住民は大変である。その影響で、毎年のように、「よもやま通信」6都市のどこかで落ち葉処理が新聞記事になる。今年は、ミュルハイムとオーバーハウゼンで掲載された。それによると、市の清掃会社が受け持つのは車道だけで、歩道は住民に委ねられている。時々、歩道の落ち葉を車道に掃き出す住民がおり、車道清掃の能率が低下して困るそうだ。

 落ち葉をまき散らす街路樹は市の所有だが、歩道の落ち葉は住民が処理しなければならないことについては、条例に規定がある。市によって少しずつ内容に違いがあるが、住民の義務である点は共通している。これは、積雪時に歩道の雪かきが義務づけられているのと同じである。なお、見方によっては、車道の清掃も住民に責任が求められている、車道の落ち葉の処分や雪かきの費用が、「道路清掃料金」として住民に請求されているからである。車が走るので危険なため、市が代わって実施し、その経費を請求しているという構図であろう。歩道の落ち葉は、袋に入れて道路に出せば、その袋は市の清掃車が集めてくれる。落ち葉は分量が多いので、ごみとは別に収集日を設定する市が多いが、結果的にその収集費用も、「道路清掃料金」として徴収されているはずである。

 気になるのが、高齢化の進行で、落ち葉を集めて袋で出す作業が困難になっている世帯の存在である。数年前に、ミュルハイムとオーバーハウゼンの境界に住む83歳の高齢者が、立派な樹木から落ちる枯葉の処理に苦労している記事が掲載された。樹木はオーバーハウゼン市のもので、枯葉はミュルハイム側に落ちるそうだが、問題は市の境界ではない。その高齢者が集める落ち葉は、何と「36袋」にもなるそうだ。その後も転居していないとすれば、一体どのようにして処理しているのだろうか。

 落ち葉や雪かきの記事を読むと、日本とドイツでは、住宅前の公的な空間に対する扱いが異なるように感じる。日本は「自分には関係ない」のに対し、ドイツでは「共有空間」的な要素が感じられる。車の駐車に関しては、ドイツ方式には住民にプラスする点も大きい、原則として道路への駐車が認められており、道路整備の際には「何台の車が駐車できるようにするか」を巡り、議論も行われるからである。市民の「まちづくり」への関心が日本より高いと感じられる背景には、このような事情もあるのかもしれない。
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| 自転車や歩道・舗装 | 14:22 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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市長選挙の勝者と敗者が隣り合うオーバーハウゼン市議会

 ドイツで市長選挙や市議会選挙がある度に、「日本と違うな」と思うことがある。今日の新聞に、その違いを非常に明確に示す写真が掲載されていたので、紹介することにした。それが下の写真である。

2015年11月16日に開催されたオーバーハウゼン市議会本会議のひな壇。手前から3番目の発言中の男性がシュランツ新市長、その手前のメガネの男性が選挙に敗れたタラストラス収入役。(Der Westen紙より)

 オーバーハウゼン市では、9月13日に市長選挙が行われ、60年の長きにわたって市長を継承してきたSPD(ドイツ社会民主党)の候補であるタラストラス氏を、市議会野党だったCDU(ドイツキリスト教民主同盟)会派で代表を務めていたシュランツ氏が破り、新市長に就任した。オーバーハウゼンでは、「60年ぶりの政権交代」と話題になった。この春に行われた住民投票で、SPDが支持する電車の路線延長が市民に拒否されたのは、この前触れだったのかもしれない。

 日本であれば、敗れたタラストラス氏は、選挙に出馬する前に収入役を辞任して選挙戦に専念し、敗れた現在は無職に近い状況になっているはずである。しかし、それはドイツの常識ではない。タラストラス氏は収入役のまま選挙に出馬し、敗れた現在も収入役を継続している。これがドイツの常識である。

 もう一つ違いを言うと、日本では市役所の政治家は「市長」だけで、幹部職員は「大学を出て就職し、努力してここまで昇進してきた」という人がほとんどである。ドイツでは部局 (Dezernat) の長(Dezernent)は市議会で選出されるので、市議会各派は自派の推薦するDezernentを市役所に送り込もうと熱心である。上の写真では、このDezernentが市長を取り囲んでひな壇に座っている。手前の女性は環境やまちづくりを担当するDezernentのラウクセン氏で、環境を重視する政党である緑の党の推薦を受けて就任した。市議会の勢力関係では緑の党は第三党で、第三党あたりまではDezernentを確保できるようだ。Dezernentは一応投票で決められるが、事前に主要政党で推薦の順番を決めており、与党が独占するわけではない。

 以上の差は、市の政治にも影響を与えているはずである。まず第一は、落選しても現在の職を確保できるので、選挙に出馬し易いことである。この結果、よく言われる「出たい人より出したい人」の実現に近づくはずだ。もう一つは、市長の権限が強いとは言え、市の政策決定に各派の意見がある程度反映され、そこでは「妥協」も行われることである。住民に身近な市政におけるこのような構造が、ドイツの草の根民主主義を支えているように感じられる。政治が駆け引きを行い、妥協しつつ決定していることが、現在のドイツ民主主義の基礎になっている、こう考える次第である。

| ドイツと日本と | 15:16 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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義務とボランティアに支えられた難民収容事情

 最近のドイツでは、シリアなどからの難民に関連した記事が報道されない日はない。報道を見ていると、難民を受け入れる負担の大きさが感じられ、「この状況が長期に続けば、ドイツはどうなるのだろうか」と不安になる。とくに大変なのが難民を収容する施設の準備で、4年半前の東日本大震災で、福島県の原発周辺地域から避難して来た人々が右往左往しなければならなかったことが思い出される。そこで、これまでも紹介してきたが、ルール地方における現時点での「難民収容事情」を取りあげた。

 タイトルを「義務とボランティア」としたが、ドイツに到着した難民は、まずケーニッヒシュタイン・キーと呼ばれる比率で州に配分される。こうして各州に到着した難民は、州の受け入れ施設で登録を受けた後、各州が定めている比率で市町村に配分される。重要なポイントは、この配分を受け入れることが、州と市町村にとって法的な義務とされていることである。先日、日本のあるテレビ番組が、「難民の20%以上と、最も多く受け入れているノルトライン・ヴェストファーレン(NRW)州」と説明していた。NRW州が好意で多数の難民を受け入れているように聞こえるが、実際は「義務」であり、選択の余地はない。州から配分を受ける市町村の場合も、同じく「義務」である。

 1ヶ月ほど前に、「義務」であることを明確に示す報道があった。NRW州の東部にある人口約6,500人のニーハイム村で、難民収容に関連して、村長がメールや電話で脅迫されているというのだ。村には71名の難民が居住しており、毎月20名程度が追加されるが、村内には適切な空き建物はなく、新築する資金もない。収容する場所に困った村は、村の住宅に住んでいる村民を解約して出てもらうと決定した。難民を収容するのは村の義務なので、難民収容を優先したわけである。もちろん、解約される村民が新たな住宅を探すにあたり、援助するそうである。たしかに村民に住宅を提供するのは義務ではないが、追い出される村民には何とも気の毒な話しである。

エッセン中央駅から約1キロの距離にあるスポーツ施設跡地に設置されたテント村。難民の生活が見えないように、幕で囲んでいる。(2015年撮影)
 こうして、「受け入れるのは義務」だが、受け入れた難民をどのような施設に収容するかは、市町村に任されている。このため、市町村の事情に応じ、多彩である。この「よもやま通信6都市」にも、市によって特徴が見られる:人口順に示す。
  • ドルトムント:空き校舎は使い切り、最近は体育館に頼っている。「できるだけ早く体育館を使用しないようにする」とされているが、まだ実現のメドはついていない。代わりに設置を予定されているのがエアドームで、港に船を浮かべて収容する方法も開始した。
  • エッセン:ここも空き校舎は使い尽くした。体育館などの公共施設に手をつけなくてもいいように、写真のようなテント村の設置に力を入れており、一ヵ所で700名の収容を予定している大規模なテント村もある。この冬が暖冬だといいのだが。
  • デュイスブルク:市北部に設置したテント村は州の一次収容施設となったが、州はテント村を短期間であきらめ、市に代替施設を求めた。この結果、市民がスポーツやイベントを行っていたホールを使うこととなり、予約していた団体から不満が出ている。
  • ボーフム:コンテナーを多く使用している点が他都市と異なる。コンテナーがあれば設置したい市は他にもあるが、いつ入手できるのか見当がつかないそうだ。ボーフム市は、他都市より早く手を回して押さえたのだろう。
  • オーバーハウゼン:市議会がテント村設置を認めないため、やむを得ず体育館の使用を開始した。困る市民も出てくるだろうが、収容施設の確保を行う担当者も必死で、手を緩めるわけにはいかない。
  • ミュルハイム:これまで住宅確保に努力してきたが、それも限界に達し、体育館の使用に踏み切っている。
 このように、市によって状況はいろいろだが、できれば住宅に収容したい点は共通している。最近は、民間団体が市に空き建物を無償で提供するケースも見られるようになった。たとえばオーバーハウゼンでは、プロテスタント教会が近く閉鎖予定の教会の提供を申し出た。また、ミュルハイムでは、食料品チェーンを経営している会社が、住宅建物1棟の提供を申し出ている。

 もう一つの共通点は、収容する施設周辺の住民がボランティアとして積極的に協力している点である。施設の設置が決まると、地元の有力市民が呼びかけてボランティアのグループを形成する例も、各地に見られる。市も職員を追加して対処しているが、市民の協力のおかげで、少ない職員でやり繰りしている。

 さて、以上は「人口が減少傾向だったルール地方」の実情である。一方、ドイツ南部の都市はほとんどで人口が増加しており、空き家や空き建物はルール地方と比較してはるかに少ない。ルール地方でも「タブーはない」と、あらゆる方法が模索されている。だから、ドイツ南部のミュンヘンやシュツットガルトの担当者の苦労は、一体どれほどのものになっているのだろうか、想像もつかない・・・。

| 難民と移民 | 07:59 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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