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スクラップ作業所の跡地利用に政治はガラス張りを要求

 以前ブログで紹介したように、ミュルハイムで40年にも及んで「公害源」として問題にされていたスクラップ作業所に、2014年春に、遂に移転の方針が示された。長期間の住民運動と、チャンスを捉えて仲介した市の努力による成果である。そらから、4年近くが経過し、移転交渉はまとまり、すでに作業所は1キロも離れていない北西へ移転を終えている。新しい場所は、港に隣接しており、周囲には住宅はないので、苦情を気にせずに作業が行われている。

ヴェーゼラー通りからスクラップ作業所の跡地を見る。引き込み線には草が生えており、使用されていないことがわかる。(2017年/こちらに、ほぼ構図が同じ2012年の写真がある)
 跡地では、土壌汚染の処理も終了した。残る最大の問題は、「跡地利用」である。早くも2014年夏から、各政党は、この機会をシュペルドルフ地区のまちづくりに生かすべきことを主張していた。

 「ドイツのまちづくり」というと話しに出てくるのが、拘束力のある規定を柔軟に設定できる「Bプラン(地区計画)」である。この地区には、まだBプランがない。「Bプランを策定すれば、将来を見据えたまちづくりを確保出来る」と思う方もいるだろう。しかし、実際にBプランを策定することは、容易ではない。実は、スクラップ作業所の移転先でも30年ほど前にBプラン策定手続きが開始されたが、作業は休眠状況で、いまだにプランは決定していない。用途が均一な住宅地のBプランでも、策定ではいろいろ問題が出てくる。まして、各種の工場が操業している地区に的確なBプランを策定することは非常に困難で、経費もかかる作業である。

 跡地は4車線ある幹線道路のヴェーゼラー通りに面し、規模が3ha近い。この跡地利用で最も心配されたのが、都心やシュペルドルフ地区の商店街にマイナスの影響を及ぼす小売店の進出である。スクラップ作業所があった港の近くは、工業系の地域である。ところが、すぐ近くのヴェーゼラー通り交差点には、近隣供給である食料品ディスカウント店が2店ある。さらに、作業所と道路を隔てた場所では、ホームセンターやマットレス店が営業している。

 Bプラン策定は期間と経費がかかるためか、市は当初、跡地を所有するJ社の動きを注意して見ていた。J社は、土地を売却するのではなく、賃貸したいと、候補となる会社と相談を開始した。市に正式な申請は行われていなかったが、ガソリンスタンドや建材・庭園センターの噂が流れ、商業系施設が立地する可能性も出て来た。そこで、市は、許可なく土地を利用できないように「形質変更禁止」の規制をかける方針を立てた。この方針は区評議会と市議会で認められ、2017年2月に跡地に形質変更禁止がかけられた。

 ところが、1年後の2018年1月に、市は「形質変更禁止を廃止」する案を出してきた。理由は、「形質変更禁止が行われていると、投資家が出てくる障害になる」としか説明がない。政治家は、「望ましくない小売店の進出を止められなくなる」と懸念を表明した。なぜ市が廃止を言い出したのかに関し、新聞に、「J社が、廃止しなければ提訴して裁判で争うと市を脅した可能性もある」という推測も流れた。

 この件を決定する権限は、市議会本会議にある。それに先だち、区評議会と都市計画委員会でも議論が行われる。先週行われた区評議会では、全会派が廃止に反対した。何が進出するのか具体的に分かってから廃止すればいい、というのが区政治家の意見である。ただ、区の意見は市の決定に影響力がなく、あくまでも「地元の参考意見」に過ぎない。今後、2月6日に市議会の都市計画委員会が、そして2月22日に市議会本会議が予定されている。形質変更禁止がどうなるのか、そして跡地に何が出てくるのか、シュペルドルフ地区の住民も、緊張して待っていることだろう。
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| 居住環境や緑・公害 | 14:06 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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ドイツでは庶民の墓地利用は期限付きが主体

 私が初めてドイツを訪問したのはもう50年ほど前の夏だが、町がきれいなのに驚いた。その原因のひとつが「緑」の多いことで、花もきれいだった。とくに日本との違いを感じたのが、「お墓」である。日本のお墓は「石」で構成され、墓石の前に花が飾られている。ところが、ドイツのお墓は全体的に緑で、そのなかに墓石が置かれていて、とてもきれいだった。日本は火葬、ドイツは土葬という埋葬方法の違いも関係しているのだろうがが、「お墓」というより、「公園」と言った方が適切だと感じた。

 土葬の場合は、広い面積が必要になる。死者は増加する一方なので、土地利用にもそれなりの影響があるだろう。ところが、最近になって火葬を選ぶ人も増えてきて、従来のように広い墓地は不要になり、墓地予定地を住宅地にしたり、墓地の跡を森林化するという報道も見られるようになった。

デュイスブルクのオストアッカー墓地の北部分では墓じまいが進行しており、残るは数ヶ所だけだった。(2015年撮影)
 右の写真は、デュイスブルク北部の墓地で、森林化が予定されている。埋葬件数が減少したので、南の方だけで十分なので、北側に埋葬するのは20年近く前に停止したそうである。数年内に墓地を全て整理して、森林化を目ざすという話しである。その墓地の北部を歩いてみると、墓地があったような跡はあった。しかし、使用されている墓地は数ヶ所しかなく、広い遊歩道だったと思われる場所の両側には、芝生が広がっていた。

 どうも良くわからないのが、「お墓と遺骨はどうなるのか」という点である。デュイスブルクの場合は、条例で20年間の「静穏期間」が保証されているだけのようである。これは、墓地の使用権が子孫へと受け継がれている日本とは、非常に異なる話しである。ドイツでも、数百年前に亡くなった有名人の墓地は残されているはずだが、庶民の墓地は消えるのだろうかと、疑問に思っていた。

 数日前に、そのヒントとなる新聞記事があった。ボーフムでは、墓地の静穏期間は25年である。市外に住むある婦人の父親の墓地はボーフム市西部にあり、すでにこの期間が過ぎていた。最近、墓地をお参りに来た婦人は、「この墓地はしまわれる」と書かれた掲示を発見し、驚いた。父のお墓をこのまま維持したいと思い、市に期限延長について問い合わせた。しかし、市の回答は、彼女を落胆させるものだった。そこは棺を順番に埋葬するための墓地で、条例によると、死亡に際し、1回だけ静穏期間が確保されるだけで、家族がいつまでも利用できる権利は与えられないそうである。

 ただ、市は、彼女に、父親の墓を今後も維持する方法はあることを説明した。彼女が住む市には、長期的に利用できる家族墓地が提供されている。だから、市は「遺骨の掘り出し」に同意するので、そこを入手して墓地証明を示せば改葬できる、ということである。しかし、彼女は改葬には同意しなかった。遺骨を掘り出して静穏を破りたくないことと、家族墓地は高価で財政的に無理なためである。市は、この月末に、墓じまいを行う予定にしているそうだ。

| ドイツと日本と | 11:30 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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