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エッセンの「桜の父」中村さんを称える銘板設置の動き

 現在、エッセンで、「桜の父」を称える銘板の設置が呼びかけられている。対象はもちろん日本人で、「ナカムラ タダシ」さんといい、2009年に88歳で亡くなられている。ナカムラは中村だと思うが、タダシは正か、忠か、あるいはさらに別の漢字なのかがわからない。キーワードを工夫してインターネットで検索したが、見出すことはできなかった。そこで、ドイツのニュースをもとに、中村さんを紹介したい。

リュッテンシャイト通りで咲く桜。(2005年4月1日撮影)
 まず、桜の写真を探した。私はエッセン市の写真を600枚ほど持っており、桜が植えられているリュッテンシャイト通りは何回も歩いている。しかし、私のドイツ旅行は大半が夏なので、桜が咲いた写真はほとんど期待していなかったが、幸運にも1枚発見できた。それが右の写真で、位置的にエッセン駅から1キロ少し南の場所を撮影している。

 中村さんは、第二次大戦後にエッセンに住んだ初の日本人だそうである。ドイツで最も日本人が多いのはデュッセルドルフで、中村さんも1954年に三井からデュッセルドルフへ派遣された。しかし、デュッセルドルフには適当な住宅を見つけられなかったので、エッセン駅から南西に2キロほど離れた場所に、家族で落ち着かれた。そして、仕事だけでなく、生活やスポーツ面でもドイツ人と交流し、休日にはエッセン南部のバルデナイ湖で漕艇を楽しまれたりしたそうだ。この時のボート仲間との交流は、帰国後も長く続いたようである。

 中村さんは、第二の故郷であるエッセンへの感謝を表すため、桜の木200本と、石灯籠を贈呈した。桜は、彼も散歩したと思われるリュッテンシャイト通りに植えられ、石灯籠は、住まいのすぐ近くにあるグルガ公園に置かれているそうだ。

 銘板設置の動きはフェイスブックから生まれたもので、彼を知る人が設置場所を検討している。エッセンに一緒に住んだ中村さんのご家族は東京に住まれていて、費用の一部を提供されるということである。インターネットで探しても見出せず、私も数日前にニュースを読むまで知らなかった目立たない話しかもしれないが、市民レベルでの暖かい交流であり、銘板が設置されることを期待している。


 上に示した私が撮影した写真は、まだ桜が満開になっていないようなので、「誰かもっといい写真をアップしているのではないか」と探してみた。その結果見つけたのが、このブログである。同じリュッテンシャイト通りの桜だが、私の写真とは全く比較にならない美しさだ。執筆者は日本から贈られた桜とは知らないようで、やはり「銘板があるといいな」と思う。できるだけ分かり易い場所への設置を期待している。(2014/01/01)

 その後、2月27日の区評議会で銘板設置が満場一致で認められ、4月初めに除幕式が行われた。式には、エッセンの学校に通っていた中村さんの3人のお子さんも見えた、1人はアメリカ、1人はカナダ、そしてもう1人は日本から駆けつけたそうだ。区評議会の資料によると、設置場所はリュッテンシャイト通りの"Gioia"というアイス店のそばだそうだ。リュッテンシャイダー・シュテルンにあるアイス店のようなので、機会があれば銘板を見てみたい。(2014/04/25)
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